相談室に入ってきたロマーノがドアを閉めるの確認してから、スペインはデスクの足下に置いていた紙袋からビニールの包みを取り出した。
「これ着てみてくれへん?」
「着てみろってこれ女子の制服じゃねーか!」
袋を受け取ったロマーノが叫ぶ。
「嫌?」
「嫌に決まってんだろ! 何考えてるんだド変態が!」
ロマーノは制服を投げつけて、入ってきたばかりのドアまでじりじりと後ずさった。
「……うーん、ロマーノお小遣い足りとる?」
「は? 小遣いやるから着ろってのか?」
「今あげてる金額やと足りへん?」
「……学校では家の話はナシの約束だろ」
スペインはロマーノの保護者であり、クラス担任である。お受験の必要な学園だが縁故なんたらではなく、親戚から預かってるロマーノが親戚の意向でスペインの勤め先への進学を決め、たまたまスペインが受け持ちになっただけだ。ロマーノが嫌がるし子供は特別扱いに敏感だから、学校では赤の他人で通していた。血縁はないし会ったのも預けられたその時が初めてだから、難しいことではなかった。
「遠回しなん苦手やから、やっぱり単刀直入に聞くわ。ロマーノ、援交してへん?」
今の今まで警戒心丸出しだったロマーノは、急速に冷めた眼差しになった。
「どこから聞いたんだ?」
「否定せぇへんのやな」
「先公が裏も取らずにそんなこと聞くわけねーだろうが」
「俺としては何かの間違いであってほしかってんけど……」
スペインは眉尻を下げて、椅子に深く座りなおし、痛むこめかみを押さえた。
学園の制服に身を包んだ生徒が男の上で腰を振っているDVDが送られてきたのは先週末。最近のビデオカメラの映像は綺麗やねぇと感動していたスペインは、映っている生徒の容貌を見て顔を引きつらせた。
男があんなに違和感なく女子の制服を着られるはずがない。下半身も結合部もスカートで見えていなかったから男子である確証がない。ロマーノはそんなことをする子ではないはずだ。――疑念からの逃避には限界があった。
「で、どこで知ったんだ?」
「うちにDVDが送られてきてん。送り主とかネットへの流出がないかは現在調査中」
驚いていることからすると撮られていたことは知らなかったのだろう。カメラと目線が一度も合わなかったから盗撮であることを期待していたのだが、裏切られずに済んで安心した。
「……見たんだよな?」
「ごめんな」
「興奮した?」
「は!? 何を言い出すねん!」
スペインは慌てた。興奮しなかったと言えば嘘になる。児童性愛の気はないつもりだが、幼い肢体からは想像も出来ないほどの痴態には心動かされずにはいられなかった。同居している預かり子であり教え子でもあるという背徳感が拍車をかけた。
沈黙を肯定と取ったか、ロマーノはニヤリと笑った。
「なあ、スペインって童貞?」
「どこでそんな言葉を……。ちゃうけどそれがどないしたん?」
「なんだ、やっぱり違うのか、残念。俺童貞って食ったことないんだよな」
斜め上どころの話ではない。どうせ発想が分からないならもっと子供らしい突飛さが良かったと、スペインは机に突っ伏した。
「俺が童貞やったら食うつもりやったんかい」
「だって口止め料代わりに抱かれるだけって新鮮みがねーじゃん」
「アホか! 俺は指導のために呼んだんや!」
「つまんねぇの」
ロマーノは口を尖らせた。
「つまらんて思えるうちはええけどな、もし悪い奴にひっかかったらどうするつもりやねん」
「子供のケツの穴に精子ぴゅーぴゅー出すのは悪い奴じゃないのか?」
「ほんっまに口ばっかり達者になってしもて」
「フェラはあんまり好きじゃないけどな」
「……俺はな、ロマーノ。心配して言うてるんやで? あんまり考えたくないけど、相手の男がセックスするのが目的なんやなくて、ロマーノをひどい目に遭わせんのが目的やったらどうするん?」
「そん時はそん時だろ」
悪びれもしないロマーノを見て、スペインはゆっくりと立ち上がった。怒っていると分からないわけでもあるまいに、反省の色どころか気まずく思う様子すら見せず、挑戦的な笑みのままドアの前で悠然と構えている。
スペインはロマーノを腕で囲うようにしてドアに手をついた。
「先生と予習しとこか。避難訓練と一緒で今がその時やと思って頑張ってな?」