「わー、ありがとー」
「ちゃうちゃう、んな訳ないやん」
差し出されたフランスの手をいなしながら、スペインはそう広くない部屋の中をぐるりと見渡した。その手には洋菓子メーカーのロゴが入ったビニール袋がぶら下がっている。今日の日付を知っていさえすれば、用件を尋ねなくともバレンタインデーのお返しであることは想像に難くない。
「まだ来てないよ」
「なーんや」
フランスが部内の女性がまだ来ていないことを告げると、スペインも予想はしていたようで、さほどがっかりした風には見えなかった。
「仕方ないから渡しといてやるよ」
「ん、頼むわ」
袋を預けられたフランスは、袋の側面を確認するように持ち上げる。
「二つだよな?」
「あれ? 二人やないっけ?」
「いんや。二人で合ってる」
フランスは机の上にある書類受けに目を移した。そこにはスペインのものと同じ役目だろう袋が乗っている。
「さっきロマーノが来て預かったんだけど、三つあったんだ。すぐ出て行っちゃった上に電話かかってきてさぁ。電話が終わったと思ったらスペインなんだよな」
言いながらフランスは携帯電話を取り出した。発信して耳に当てる。
ややもせずに、フランスが応答があったような素振りを見せてすぐ、スピーカーモードにしているわけでもないのにスペインの耳に声が届いた。
『この野郎遅せぇんだよ! とっとと来やがれ!』
スペインにまで聞こえるような大声を至近距離で聞いてしまったフランスは、足の小指をタンスの角にぶつけたような顔で、手をいっぱいいっぱいに伸ばして携帯電話を遠ざけた。
わめき声が収まったことを確認してから、もう一度耳に当てる。
「ロマーノ、俺、フランス」
噛んで含めるように言うと、電話の向こうにいるロマーノの反応があったのだろう。深いため息を吐いた。
「あのねぇ、スペインと言えど先輩なんだよ。その口の利き方はないでしょうが」
「言えどって何やねん」
スペインのつっこみを無視して、フランスはロマーノに過剰分の「お返し」をどうするかを尋ねる。二言三言交わして女性の名前を一つ口にして、おもむろに電話を切る。フランスは一日分の疲れを背負ったような顔つきでスペインを見た。
「スペインだと思ったんだってさ。お前どういう教育してんだよ」
「今さらスペインさんって呼ばれるんもなぁ」
「そこじゃないよ」
さらに疲れたような顔でフランスは言う。スペインは、分かっているとばかりに笑った。
「客には言わんよう注意しとくわ」
「頼むよ」
「じゃあ行ってきます」
「はいはい行ってらっしゃい。……シート汚しても経費じゃ落とさないからね」
「気ぃつけるわー」