「その火は料理に使うねんで。この家を燃やすんちゃうで」
「バカにすんな!」
料理を教えたら、思いのほか筋が良かった。
初めて下ごしらえから全部一人でしたときに、ハラハラしながら見ていたら、うっとうしいと台所を追い出された。怪我をしないかと気が気でなかったのを覚えている。
***
「ロマーノの料理は、ロマーノの家の味やな」
口に含んだ料理の味は、スペインが教えたものとは違っていた。
材料も調味料もスペイン宅のものを使ったからか似ている部分もあるが、やはり違う。
ロマーノがスペインの家を出てから結構な時間が経っているから、自分なりに調理できるようになっているというのも当たり前といえば当たり前。それでも、育ての親であるスペインとしては嬉しい気持ちと寂しい気持ちが半々で、複雑だ。
「嫌なら食わなくてもいい」
「いえいえ、おいしいです。頂きます」
皿の上の野菜にフォークを突き立てて睨むロマーノに、スペインは慌てる。実際、料理はおいしいし、腹も減っている。何よりここで食べるのを止めようものなら、テーブルをひっくり返されかねない。
「作ってくれてんから、片付けは俺がするわ」
流し台に重ねられた調理器具を見ながら腕まくりするスペインの顔は少し呆れ気味だ。
初めて作ったときにも、完成した料理の味はともかく、台所はひどい有様だった。
野菜くずや米粒が落ちていないだけでも、成長したと褒めたくなる。
「俺は?」
「んー、先に部屋行っといて」
流しは大の男が二人並んで洗い物をするには狭いから、一人でやった方が早い。
「料理の腕は格段に上がったのになあ」
できれば段取りよく片付けながら調理して欲しい。叱る気はなくても、ついつい口からこぼれる。
「……料理は、スペインが褒めてくれたから練習したんだ」
スペインが振り返るより早く、ロマーノは呟きだけ残して台所から出て行った。
「謝らなあかんな」
自分でも驚くほどの速さで片付けを終えて、スペインはロマーノの待つ部屋に向かった。
扉を開けると、ロマーノの姿はない。
「あれ?」
テーブルの上には見せようと思って自室から移しておいた本が数冊置いてある。換気用に開けた窓も椅子の位置も、何もかも部屋を出るときに見た状態のままだ。ロマーノが来るからと軽く掃除しておいたせいもあって、変に寂しい気もする。
そんなことより拗ねて帰ったなら急いで追いかけないと――振り返ったスペインは、
「げっ、何でこんな早いんだよ」
戸口に立つロマーノを見つけた。ロマーノが後ろに隠そうとしたバケツからはちゃぽんと水音。
「み、水浸しは止めてぇ!」
思わず口をついて出た言葉。ロマーノが露骨に顔を顰める。
「ちげーよ! でもそんなにして欲しいならしてやるッ!」
ロマーノは床に雑巾を投げつけ、その手をバケツの底に添える。
「あああ! ごめんなさいごめんなさい!!」
慌てて謝るスペインを無言で睨みつけて、ロマーノは床にバケツを置いてしゃがみこんだ。バケツを傾けた勢いで零れた水を雑巾で拭く。
「……掃除、してくれるつもりやったん?」
「お前がバカみたいにキレイにしてるから、できるの、拭き掃除くらいしかなかったんだよ。掃除用具の置き場所変わってたから探すの手間取って……スペインが来る前に済むはずだったのに」
話しながら、雑巾を水でゆすいで絞る。水滴が出なくなっても、ぎゅっと力を込めて。
「片付けも、掃除も……上手くはないけど、出来るようにはなったんだよ!」
立ち上がって、音を立てて雑巾を広げて、投げ落としてバケツの縁に引っ掛ける。
視線は相変わらず、床に落とされたまま。
「ごめんな」
「……ばかやろー」
「うん、俺が悪かったわ。ほんまにごめん」
ロマーノの顔を覗き込もうとしたら、ふいと首を逸らされた。
「………分かれば、別にいい」
呟くように言うと、ロマーノは屈んでバケツを取り上げた。
「あ、ちょっと待って」
仕舞ってこようと来た道を戻りかけるロマーノに、
「もし良かったら、久しぶりに一緒に掃除せえへん? この部屋さっとしかやってないねん」
掃除が終わったら、一緒に本を読んで、一緒にお茶を飲んでお菓子を食べて。
夕飯は自分が作ろう。片付けは、一緒にしよう。
スペインの提案に、ロマーノは頷いた。