スペインはよくしゃべる。それこそ眠りに落ちる寸前まで、全く調子を崩さずに言葉を連ねることができる。会話するというよりは、頭に浮かんだことを家の中のちりを掃き出すがごとく発し続けているので、内容に何らかの意図を含めていることは少ない。
作ったつまみを持ってキッチンから戻ってくると、スペインはロマーノがいることを忘れたように、手酌で酒を飲み続けていた。スペインは酒に強い。飲み物にアルコールを選ぶ意味がある程度には酔うから、全くの無駄とは言えないが、ざるどころか枠しかないようだと思う。
ロマーノは皿をテーブルに置いて、先に何が入っていたか忘れたグラスを手に取った。
何もかもを人のせいにするロマーノだったが、スペインとの会話が噛み合わない原因が、会話中であっても内職に精を出し、相手の顔色を窺うことなく話し続けるスペインにのみにあるとは、流石に思っていない。名乗るときに「どこそこに属する」という意味合いの詞を付けなくてよくなった今でも、間違った解釈を招かないよう話すことが不得手だという自覚はあった。
「……少しは飲まれろよな」
注いだ酒の香りは分からなくなっていた。いくら積み重ねても変化のない日々に厭いて、できうる限り率直に伝えても、転がるボトルの中身と同じように素通りしてしまう。幾度も助けられてきたスペインの大らかさは、打ち勝つには強すぎた。
「……はー……」
無言で杯を重ねていたスペインが、長いため息をついた。寝てしまったのかと思うような沈黙。ロマーノは声をかけることをためらった。飲みに飲んだあげく床で寝てしまったことも、帰りつくなり糸が切れた人形のように動かなくなったこともあったが、いつだってスペインは落ちる直前まで陽気だった。どうすればいいのか、また自分がどうしたいのかも分からずに、ロマーノは手にしたグラスを落ち着きなく揺らすスペインを、ただ見つめた。
「ロマーノがなぁ」
ひっかかりの正体を探るより先に、スペインが言った。
「俺のこと好きやて、諦めよらへん。どないせぇ言うねん」
なあ? と顔を上げたスペインは、
「……間違ぉた」
白身と分けるはずの卵の黄身を、泡立て器で突いてしまったような顔をした。呆けているロマーノと見つめ合った後、何事もなかったようにグラスを置いて立ち上がったが、一歩も歩かないうちに、くらりと頭を揺らして尻餅をつくようにソファに座り込んだ。
「お、おいっ」
テーブルの向こうに回るロマーノの頭に、「飲み過ぎじゃねーのか」という台詞がようやく浮かんだが、使うには遅すぎた。背もたれに顔を伏せたスペインは、ソファの傍に膝をついたロマーノから隠れるように、頭を腕で囲った。くぐもった笑い声が聞こえる。
「ひどいわあ」
「……知ってたのかよ」
「知らへんよ。なぁんも知らへん」
「バレバレの嘘つくんじゃねー」
「なんのことやろ。なんや言うてしもたとしても、忘れぇ」
「……嫌だ」
途端に空気が重くなった。幼い頃のロマーノを、聞き分けがないと叱る直前の空気だ。首筋が氷を当てられたように固くなる。ロマーノは拳を握り、胸に残る息を声に変えた。
「バカにすんなよ」
無理やり息を吸う。
「いつからだ? なあ、いつから知ってたんだよ! 俺が必死になってんの知ってて見物してたってわけか! そりゃ面白いんだろうなァ。……この、糞野郎がッ!」
「……違うわ、アホ」
首を起こしたスペインの目は据わっていた。
「分からん子ぉやな」
「お前が悪いんじゃねーか!」
スペインはさらに言い募ろうとするロマーノの顎を乱暴に掴んだ。
「大事に大事にしとるのに、何が不満なん」
「信じらんねー……」
季節としてはまだ寒いはずの水シャワーが心地よい。ロマーノの上にぶちまけたスペインは今、とてもすっきりとした顔でソファに横たわっている。
酒を過ごしたあげく吐いて眠り込んでしまうスペインなど、ロマーノは見たことがなかった。さらに、ロマーノの意思を一度で正しく理解するスペインも、本心をさらけ出すスペインも、親分という立場を捨てたがるスペインというのも、初めて目にするものだった。まだスペインを好きでいる自分も含めて、信じられないものだらけだ。
シャワーを止めたロマーノは、スペインの言葉を反芻した。思わず知らず口元が緩む。
「覚えてろよ、ちくしょうめ」
明日の朝、スペインがどんな顔でどんなことを話すのかが楽しみだった。