薔薇を模した携帯電話を取り上げられ、代わりに与えられたのは女物のパンツ。陽根が小さな布地に収まりきらないだけでなく、本来なら蝶結びをして彩りを添えるはずのリボンが、結べていることが奇跡のような状態で腰をぎちぎちと締め付けてくる。
後ろ手に縛られてベッドにうつ伏せにさせられたフランスは、今の自分の姿を想像して溜め息を吐いた。勝手に侵入したことは自分に否があるが、いくらなんでもこれはひどいのではないか。
「似合ってんぞ」
「……俺はロマーノの方が似合うと思うなぁ」
ちっとも心のこもらない賛辞より、携帯電話ひとつで走り回った時に浴びせられる、変態だの気持ち悪いだのという悲鳴混じりの罵声の方がずっと快い。本心半分、当てつけ半分でフランスは呟いた。
はみ出た陰毛で手遊んでいたロマーノは、指に絡めた毛を抜けそうなほど強く引っ張った。
「痛い!」
毛を離されてもひりつくような痛みが残ったが、縛られていては痛む箇所をさすることができない。こみ上げてきた悲しみに身を任せ、フランスはクッションに顔を擦りつけた。
「もー、何なのさ。そういう趣味なわけ?」
「……」
「お兄さん泣いちゃうからね……」
よよよと泣き始めたフランスを無言で見ていたロマーノは、吐き捨てるように言った。
「スペインが買ってきやがったんだよ」
パンツの出自を知ったフランスは、時々理解できなくなる悪友の顔を思い浮かべた。スペインの家でロマーノが我が物顔で寛いでいたことに驚きはしないし、二人がそういう関係にあることも納得できる範囲内だったが、やはり完全には理解できない。第一、知りたいのはそれではない。
「前は子供用だったよ。サイズはでかかったけどな」
前回のパンツがどうなったのかは想像に難くない。きっとロマーノは破くなり刻むなり何なりして捨ててしまったのだろう。「ガキじゃねーよ!」と、どこかずれた台詞をスペインに言って。
(それで、今度は大人用なわけだ)
ほんの少し理解を深めたフランスは、痴話喧嘩に巻き込まれた我が身の不幸を嘆いた。傍から見るのは面白いから構わないが、渦中に入りたくはない。
「じゃあさ、それを俺が穿いちゃったらさ、」
「あいつはがっかりするだろうな」
分かっているのなら、と止めることを提案しようとしたフランスの尻を、ロマーノが撫でた。
予想もしなかった動きにフランスは息を詰める。
ロマーノはフランスの様子を見て、馬鹿にしたように鼻で笑った。サテン地の上を滑らせて尻たぶの間に指を割り込ませると、クロッチの上から肛門を探る。ロマーノは、一体どういう状況なのかと慄くフランスの尻を鷲掴みにしながら尋ねた。
「なぁ。俺とスペイン、どっちが優しいと思う?」
「そりゃ……」
どう答えるのが得策なのか、フランスはまとまらない思考を無理にまとめようとした。状況は不利ではあるが、プライドを投げ打って命乞いをするほどでもない。それに相手はロマーノだ。
「ロマーノでしょ」
正直に答えると、ロマーノはわざわざ顔を覗き込んで、にんまりと意味ありげに笑った。
嫌な予感がしたフランスは思わず辺りを窺ったが、自由の利かない体では、見える範囲は苛立ちを感じるほどに狭い。異常の探索に集中していたところに、首筋をくすぐるようなタッチで触れられて、フランスは総毛立たった。
「安心しろ、スペインはしばらく戻って来ない」
ロマーノはフランスの髪を一房手に取ると、感触を楽しむように手の上で滑らせた。
「優しくしてやるよ」
尻肉をこねるついでのように、最初は表面をくりくりと刺激するだけだった指が、少しずつ内側に入り始める。腰のリボンは已然として結ばれたままだ。布越しに弄られているせいで、クロッチが中に入り込むごとにリボンは引っぱられて腰に食い込んでいく。時間の経過と共に苦しさは増す一方だった。
「ケツ穴の形に伸びちまうな」
「伸ばしてん……でしょっ」
「声出したかったら出していいんだぞ」
「ふぐっ」
ずぶりと指を押し込まれ、そのまま中で動かされる。指を抜いたらしい後も伸びた布地が腹の中に挟まっていて、異物感が消えない。据わりの悪さに腰を動かすと、ロマーノの手が陰茎に伸びてきた。ただでさえ苦しいというのに、厭味なほどに優しい手つきで勃起を促される。
「そうだ、こっちの準備もしとかないとな」
どこから出したのか、口元に差し出されたディルドを見てフランスは顔を引きつらせた。
「これ太くない? こんなの入らないよ?」
「問題ねーよ。とっとと舐めやがれ」
「いつもこんなの使ってるの?」
純粋な疑問を口にすると、ロマーノはぱちくりと瞬きした。
「まさか。新品だから心配すんなって」
ロマーノはまだ疑問を溢れさせているフランスを見て、わざとらしく溜め息を吐くと、説明を付け加えた。
「スペインが『おしおき用』とか言って買ってきやがったんだよ」
気に入らない話題だったのか、ロマーノは急かすようにディルドを唇に押し付けてきた。
「うう……」
諦めたフランスが舐めようとしたところで、ロマーノはディルドをすっと引いた。
フランスは首を伸ばせば届くか届かないかの位置にあるディルドを見て、それからケージの中を観察するような目で見てくるロマーノを見上げた。ロマーノは可笑しげに唇を歪める。
「舐めたかったか?」
「……ロマーノが舐めろって言ったんでしょ」
「それもそうだな」
ロマーノは拗ねた子供の機嫌を取るように、フランスの頭を撫でた。
「……優しくしてくれるならさ、これ外してよ」
フランスは縛められたままの腕をもぞもぞと動かした。
「いいけど、俺に何かしようとしたらスペインが来るからな」
「え? いないんじゃないの?」
ロマーノに何かしようと企んでいたわけではないが、意外なことを聞いてフランスは動きを止めた。
「ああ、いないぞ」
「じゃあ来られないだろ」
何を言っているのだと笑おうとすると、ロマーノも同じように「何を言っているのだ」という顔を作った。
「俺が呼べば来る」
きっぱりと言われて返す言葉を失ったフランスの髪を耳の後ろに掛けてやりながら、ロマーノはフランスの表情に似せた笑顔をひっこめて自分の顔で笑った。
「スペインを怖がりすぎだ。呼ばなきゃ来ねーよ」
「いやいや、お兄さんはスペインが怖いわけじゃないよ?」
プライドがあるからそこはきっちりと主張したフランスを、ロマーノは意外そうに見る。
「そうか」
「そうだよ」
「ふーん」
ロマーノは紐が絡んだフランスの腕をそろりと撫でた。びくりとしたフランスを楽しげに見ながら、長く重ねているせいで汗ばんできている両腕の境目を指でなぞる。そちらに注意が向いたフランスの頬に手を添えて気を引くと、手本を見せるようにディルドに口付けた。
「ま、何もないに越したことはないだろ。このまま大人しくしてたらスペインにはちゃんと説明してやるよ。弁明しなきゃならねーのは、せいぜいうちに勝手に入ったことくらいだ」
「そんなもんでいいぞ」
ロマーノはフランスの口からディルドを取り上げるとローションを垂らした。
顎は怠いし、散々尻をいじられたせいで気力も殺がれている。フランスがロマーノの行動のおかしさに気付いたのは、ロマーノがローションのボトルを脇に転がしてからだった。
「え……」
「ん?」
ロマーノと目が合ったフランスは素早く視線を外したが、目が合った感覚はなかなか消えず、ロマーノの視線も感じていた。気まずさを抱えながら、ロマーノが何か言うのを待つ。
「何考えたか当ててやろうか?」
「……そりゃ分かるでしょ」
「そういうのも必要だろ? 痛い方がいいってんなら拭くけどよ」
するりと顎から頬へと撫でられる。ローションの付いた手で触られたのでは、顔にローションを塗りつけられたようなものだ。不快感なり何なりを顕すことを期待しているらしいロマーノを見て、何でもないような顔を取り繕ったが、きっとバレているだろう。叶うのならば今すぐ逃げ出したかった。
尻に詰め込まれていたパンツが、ずるりと引き出される。ここまでされてもまだ冗談である可能性を祈っていたフランスは、白く霞む視界を前にして唇を噛みしめた。
「はーい、挿入れますよー。力抜いてくださいねー」
「待って、ロマーノ! やっぱり嫌だ! 無理だって!」
フランスは諦めきれず、おどけた声で言うロマーノを止めようとした。散々舐めさせられた上に、たっぷりローションを塗ったとしても、やはり無理だ。心の準備がどうとかではなく、サイズ的に不可能だ。
「力抜かないと痛いぞ」
ロマーノはぽつりと素の声で呟いた。
抵抗も虚しくディルドの先端が肛門を押し開き、ずるりと腹の中に這入り込んできた。とんでもない異物感は吐き気を催すほどで、痛みのなさは有り難いよりも気味が悪かった。ロマーノはフランスの心中などお構いなしに、ディルドをゆっくりと埋め込んでゆく。
そう待たないうちに動きが止まった。ロマーノはディルドを軽く前後に動かした。
「結構楽に入ったな」
「ない。ないない。ありえないって……」
「せいかーい」
痙攣するように小刻みに震えていると、無感動な声と、パチリと軽い音が聞こえた。
腹の中で何かがぐにぐにと動き出し、くぐもったモーター音が体の内外から響いてくる。
「へ、え? ええ? 何これ違う、違うよね!?」
フランスの悲鳴を聞いたロマーノは笑った。
「あんなの入るわけねーよなぁ。あいつほんと狂ってる」