イギリスの奇跡により小さくなってしまったスペインを見て、本人以上に驚き混乱していたロマーノは、現実を受け容れてすぐに服を買いに行こうと言い出した。スペインが、ロマーノは本当におしゃれが好きだと感心していると、スペインの服を買うのだと怒られた。いつ元に戻るか分からないのに、体と一緒に縮んだ一着しかないのは困るだろうと。
 かくして、スペインとロマーノはショッピングセンターに買い物に行くことになった。
 ロマーノはコブ付きじゃナンパもできねぇと愚痴っているくせに、スペインに歩調を合わせるようにゆっくりと歩く。せっかく二人きりでいられる休日なのに、小さくなっていなければナンパするのかと混ぜ返せば、二人連れの子にも声掛けやすいだなんてことを平然と口にする。今さら腹を立てるような付き合いではないし、文句を付けたら付けたでお前はどうなんだと論われる羽目になるから、スペインはロマーノの多情ぶりを茶化しつつ、いつもと違う視点で見る見慣れた街の景色を楽しんでいた。何よりも、堂々と手が繋げるのがいい。

「ロマぁ、トイレ」
 スペインは自分以上に熱心に服を見ているロマーノの裾を引いた。振り返ったロマーノの顔を見て、スペインはにへらと笑った。
「持つかと思ったけど、膀胱縮んどるとあかんな」
 スペインの開けっぴろげな口上を聞いたロマーノは複雑な顔をしたが、諦めたように首を振って、下方に手を伸ばしてスペインを抱き上げた。今の歩みはコンパスの短いせいで遅いし、急ぐ道中、はぐれてしまわないか気にする余裕もないからだろう。かつてロマーノの手を引いていた自分より、彼の方がよっぽどちゃんとした「お兄さん」だと思って、スペインはもう一度笑った。
 スペインがロマーノの首に抱きつくと、ロマーノの腕が尻を支えに回る。
「ガキの頃『スペイン、トイレ』つったら『親分はトイレとちゃうで』って言われたことがあったな」
「ああー、そんなこともあったなぁ。あの後からロマ、ちゃんとトイレどこって聞くように……まさか」
 スペインが上体を反らせてロマーノの顔を見ると、ロマーノは口角を持ち上げた。
「ああ言ったお前が言うってことは、そういう意味なんだよな?」
「やめて! ちゃう、ちゃうん!」
 スペインは必死の形相で首を振って、ロマーノの腕から逃れようともがいた。
「……なーんてな」
「へ」
「嘘に決まってんだろ。俺だって嫌だ」
 ロマーノは宙に身を乗り出しているスペインを抱え直した。
「なんや、びっくりした。……ホッとしたら出そうや」
「待てちくしょう!」
「ははは、冗談や。でもあんまり揺らしたら漏れるかも」

「はぁ……。屈辱的やったわ」
 スペインは今は通路の向こうに隠れたトイレを振り返って遠い目をした。
 当初ロマーノを外に待たせて用を足すつもりだったスペインだったが、小便器に背が届かなかった。引き返して、届かないことを告げるだけでも嫌なのに、ロマーノに背後から両足を抱え上げられ、その状態で排尿することになるなんて。歴史というのは勝者の都合の良いように作られるものだが、あんなポーズを取らされたのは、偽りなくスペイン史上初めての経験だった。
「鏡の前で股開かせる奴の台詞とは思えねーな」
「それとこれは別の問題やで……。そんなん言うたら、ロマかてしごきながら『もう出そうなんじゃねぇの』とか聞いてくるやん。手に出してしもた時の無駄打ち感はないわぁ」
「それ言ったら俺なんかほとんど無駄じゃねーか」
 誰もが自分の買い物に夢中になっているのをいいことに、よくよく聞けば卑猥な会話をしていた二人だったが、つと沈黙した。ロマーノは手に取った子供服の縫製を、スペインは余った自分の袖をそれぞれ見ながら、別なことを考える。
 口火を切ったのはロマーノだった。
「このまま戻らなかったらどうなるんだ?」

「イギリス行ってくる」
「あかん!」
 スペインはロマーノに縋り付いた。筋力が弱っているとはいえど、脚にしがみつかれてはロマーノも容易には動けない。周りの目が集まることを危惧したロマーノはスペインを抱き上げた。その様子は端から見れば、駄々をこねる子どもを宥めているように見えないこともない。
「あいつに頼まないことには戻らねぇんだろ」
「そんな、チンポが欲しいんならやるて襲われでもしたらどないする気なん? あいつだけは嫌や! 他の誰でも嫌やけど、イギリスだけは絶対に嫌や!」
「言うか! それにイギリスが俺にンな興味持つわけねーだろ、バカかこのやろー」
「どんなことがあるか分からへんねんで! 『暴漢に襲われたロマを颯爽と助けるカッコイイ俺』を妄想したことはあるけど、この体じゃ助けられへん!」
「気持ち悪ぃ想像すんじゃねー! 俺だってスペイン以外の野郎なんかごめんだ」
「ロマ……」
「一ヶ月ぶりだぞ一ヶ月! これ以上我慢できるか。行く」
「ロマ……!」
 スペインはロマーノの頭にしがみつくようにして抱きついた。驚いて半開きになっているロマーノの唇に吸い付く。ロマーノは熱烈なキスにしどもどしていたが、力任せに引きはがした。
「何すんだこのやろっ」
「大っ好きや!」
 ロマーノの真っ赤になった耳にかじりつこうとしたとき、急に体が重くなった。
「ちょ、わ、あ!」
 バランスを崩したロマーノを助けようとしたが遅かった。尻餅をついたロマーノに跨ったスペインは、薄く涙を浮かべながらも驚いているロマーノを見て、頭をぶつけはしなかったようだと息を吐いた。ロマーノの体から降りようとして、自分の体の異変に気づく。
「あれ……戻っとる」