流れるうわさの割に、スペインのセックスは普通だった。堤を呑み込む激しさを見せることはごくまれで、大抵は穏やかに満ちていき、引いてゆく。得られる快楽は確かなものだったが、今までに情を交わしたことのある相手と行為だけを比べるなら、つまらない部類に入るかもしれない。
(俺はゲイじゃないし、こいつよりずっと体の相性が良い相手を知っている)
 ゆるやかに温んでいく空気に身をゆだねながら、ロマーノはぼんやりと思った。

「どうしてなんだろうな」
「んー」
 ロマーノが放った問いを背中で受けながら、スペインは曖昧な鼻音を返した。振り返ったその手には煙草の箱。とんとんと叩いてから口にくわえると、火を近付けた。
「……こないだ寝たコ、旦那持ちやってんけどな」
 ふぅ、と美味そうに煙を吐き出したスペインは、煙の行方を追って宙を見た。
「初めての相手は旦那やねんてぇ」
 いまどき珍しいよなぁ。と言ってから、また煙草を口にする。
「でもお前と寝たんだろ?」
 ロマーノがからかい口調で言うと、
「めっちゃよかったで」
 スペインは嫌みを全く含まない、楽しそうな笑顔を浮かべた。ロマーノはその口から煙草を取り上げて、自分の口元に運んだ。スペインが呑んでいる煙草は、ロマーノが愛飲しているものより軽い。情人としての甘さと、親が我が子を見るような温かさを併せた目で追っていたスペインは、ロマーノが微かに物足りなさそうにするのを見てから、視線を外した。
「ひとの靴は履きにくいだけやけど、他人さんの女の勝手違うんは面白うてええな」
「お前、そういう性質(たち)だっけ?」
「ちゃうよ。たまたまや」
「どうだかな」
 わざとねちっこい言い方をしたロマーノは、スペインの反応を見ることなく思いつきを口にした。
「たまには俺も、ほかの男と寝てみるかな」
「……ロマーノ、男なんか好きと違うていつも言うてるやん」
「面倒なく気持ちよくやれるなら、案外ハマるかもしれねーぞ。でも俺がいくらよかったって言ってもお前は疑うだろうから、証拠がいるな。ビデオに撮るか、隣の部屋で聞き耳立てるか……いっそベッドの下にでも入るか?」
 言っていて可笑しくなってきたロマーノは、笑い顔を隠そうともせずにスペインの上に身を乗り出して、向こう側にある灰皿に灰を落とした。横着にもそこで一服つける。
 言葉以上に挑発的にさらされた背中を、スペインは無言でするりと撫でた。胴に腕を回して覆い被さり、消毒するように舐めてから歯を立てる。甘噛みではなく、そのまま肉を食いちぎるかのように強く。耐えきれなくなったロマーノの喉から呻き声が漏れてやっと、スペインは口を離した。
「ロマーノのええとこを見つけるまで、その男はどこをどうやって、なんで触るんやろ? 勘か、マニュアルか、それとも今まで抱いたヤツのよかったとこか……。いいようにされるんは気に食わんからって隠しても、ロマは嘘つくん下手っぴやからすぐにバレてしまうやろな」
 くっきりとついた歯形を舐め、残った唾液を啜るように肌を吸って、汗ばむ体を文字通り探るような動きで探索し始める。軽いタッチでたどる場所は普段とは違う。わざと外した道順で、感じる場所を偶然のうちに掠めては、ロマーノの微かな反応には気付かなかったかのように遠ざかる。
「それとも気持ちいいこと大好きやから自分で教えてまう? ここをこうしたら感じます、お尻の穴がキュウってなりますって……そしたらそいつはちゃんと触ってくれるやろか?」
「……やけに嬉しそうじゃねーか。そっちの趣味はないってのは嘘だろ」
 図星を指されたスペインは、場にそぐわないほど照れくさそうに笑った。
「俺がどうやってロマのこと愛してたか見せつけてるようなもんやん。興奮せん方がおかしいわ」
「自覚してんなら気をつけろよ。相当イカれた顔してる」

 スペインの腕と傾きだしていた空気から抜け出したロマーノは、灰皿の上の煙草を見て眉を動かした。いつの間に取られていたのか、ご丁寧に火まで消されている。
「ロマーノがそいつのちんこの方が気持ちええとなったら、俺に勝ち目はないかなあ」
 ロマーノを背後から抱き寄せたスペインは、肩口にぐりぐりと頭をすり寄せながら「ちんこは取り換えられへんしなー。ロマの好きな人にひどいことしたないし、したらロマに嫌われるやろしなー」と、まだ起きていない問題について悩み始めた。垂れ流されるぼやきを放置していたロマーノだったが、すぐに鬱陶しくなって頭を押しのける。
「俺はちんこで選んでるんじゃねーよ」
「そういうことなんやろ」
 振り向いたロマーノの目の前に、スペインの笑顔が展開される。
「もっと刺激の強いの知ってるけど、俺もロマーノとするんが一等好き。なあ、もう一回言うたって?」