窓を開けたままでも冷たい風は入ってこなくなった。風に戯れるカーテンに誘われてテラスに出たスペインは、デッキチェアに背をもたせて眠るロマーノを見つけて口元を緩めた。ロマーノは昔から休むのに最適な場所を見つけることが上手だった。
 冬とは違う色に晴れ渡った空の下、庭先の緑は暖かな日差しを映しているが、日が陰ったら寒くなるだろうか。スペインはロマーノの安らかな寝顔から、手のひらが乗っただけの腹に視線を移した。ロマーノが成長してもなお世話を焼いてしまう自分に苦笑する。
「おっ」
 どこからかやってきたてんとう虫が、ロマーノのくるりと伸びた髪にとまった。一筋の髪は、小鳥が止まった細枝のように柔らかくしなうと、また元通りに弧を描いた。
 髪の毛とは思えないしなやかさのあるそれが一体何なのか、スペインは気にしたことがなかった。そんな毛が生えているということ自体、今の今まで忘れていたくらいだ。ロマーノの背がまだ腰丈ほどしかなかったころ、丁度よい位置にあったそれで手遊びして、機嫌を損ねたことがあったかもしれない。何にせよ、てててて、と伝い歩くてんとう虫のひょうきんな姿は、和やかな春の午後の彩りには違いなかった。
「あふぅ」
 不意にロマーノが、あくびのようなため息のような声を漏らした。首の向きを変える。小さな虫には大きな揺れだったのだろうか。てんとう虫は踏ん張るようにして足を止めた。
「うう……」
 首を落ち着けて、ロマーノの目覚めが遠のいたように思えたとき、てんとう虫もまた動き始めた。飛び立つのかと思うと、気が変わったのか薄羽をしまい、くるりと方向転換した。さっき通ったばかりなのに、ちらちらと触覚を動かしながら根本に戻っていく。
「あっ……やぁ…」
 腹の上のロマーノの手がぎゅうっとシャツを握り、眉が苦しげに寄せられた。
(怖い夢でも見てるんやろか)
 ロマーノの夢が変容する原因と言えば、それしかなかった。スペインはロマーノの背が伸び、すぐに触れる位置になくなってからずっと触っていないそこに手を伸ばして、てんとう虫を両手のひらで包み込んだ。
「のいたってなー」
 髪の毛を挟み込んだまま、手をすーっと毛先まで滑らせる。手から髪が離れる瞬間に、毛先に手の内側をくすぐられた。てんとう虫を空に放ってから、「このいたずらっ子め」とより合わせるようにつまんでやった。もちろん、傷んだりしないよう優しくだ。
「ふぁあっ」
 声を上げて、ロマーノが目を覚ました。よほどの悪夢だったのだろうか。息は弾み、目尻には涙がにじんでいた。不安げな瞳がきょろりとスペインを見る。
「スペイン……」
「大丈夫か? 俺がここにおるから安心しぃや」
 つつーっと指で擦って占領者の足跡を消してやる。弦のように張りがあるのに柔らかくて、細いのにしっかりと「触り心地のよさ」を感じられる。懐かしさも相まって手放すのが惜しくなり、くるくると指に巻きつけては、自然にほどける感覚を楽しむ。
 くしゃみが出そうな顔をして、ロマーノがふるりと震えた。
「したかったしぃや?」
 口をつぐんで堪えているロマーノに向かって、空いている手をひらひらと振った。
「……はっ……こ、の……ド変態があ!」