カンカン照りの日差し。触れたものを融かしそうなほど熱くなった地面の上で自転車を走らせる。
 景色が揺らいで見えるのは、陽炎のせいか、それとも暑さに頭がやられたのか。
 坂を下る前に自転車を止めて肩に掛けた荷物をぐいと掛け直す。一度止まって勢いをなくしたせいでペダルが重く感じるが、あと少しで家なのだからと自分に言い聞かせて漕ぐ足に力を込めた。
 車輪は快調に坂を転がり出す――と思いきや、前輪がいつまでも地に着かない。
「あれ?」
「ろ、俄羅斯!?」
 すぐ後ろから聞こえた声に、後輪のみで走るという曲乗り状態で坂を下っていることなど忘れて中国は振り向いた。荷台に座るロシアを目で捉えたと同時にバランスが崩れた自転車が大きく揺れる。慌ててブレーキを握り、すんでのところで横転は免れた。しかし危機はまだ脱せていない。
「よそ見したら危ないよ」
「なんでそんな所にいるあるか!」
 離れろと言って離れる相手ではない。中国はハンドルから手を離すが早いか後方へ跳びずさった。
「なんでって」
 ロシアは荷台から降りた。乗る者がいなくなって倒れそうになる自転車をスタンドを立てて自立させると、間合いを測るようにゆっくりと視線を移した。中国の顔を見つめてきょとんとした顔で言う。
「中国君の家に遊びに来たから」


 空気が乾いているお蔭で、風通しの良い庇の下の熱気はそれほどでもなかった。目の前の器では、タピオカと角切りにされた果物が冷たいココナッツミルクに浸っている。
「おいしいね」
「食べたらさっさと帰るよろし」
 器の中をくるくる楽しげにかき混ぜるロシアに中国はぶっきらぼうに言った。追い払うこと叶わず家に上がりこまれて更に料理までさせられたのでは、機嫌を悪くするなという方が無理というものだ。ココナッツミルク一缶の内容量が二人分の量だったから中国は自分の分も用意したのだが、器に移して保存しておけばよかったかと思いながら、流し込むようにして嚥下する。渇いた喉にも火照った体にもその食感は優しいが、嫌いと言っても過言ではないほどに苦手なロシアを目の前にしたのでは、味わうなんてことはできたものではない。
「僕の家に来ない? 避暑代わりに、二三日でも一週間でも夏が終わるまででも」
「お断りするあるよ。お前とずっと一緒なんて肝が冷えるある」
「今ならあったかいから大丈夫だよ」
 にこりと笑うロシアに、中国は苦々しげに奥歯を噛み締めた。
「我は行かない、お前は一人で帰る。子供じゃないんだからできるあるね?」
「子供でも構わないから一緒に来てよ」
「…………何度も言うあるが」
 中国は机に手を着いて立ち上がり、壊れよとばかりに力を込めた。ミシリ、と音がする。
 対するロシアも、笑顔は消えていた。


 暑くもないのに景色が揺らぐ。
 青、白、黄、緑。視界には塗りつぶされたように単調な色しか映らない。
 ――ひまわり畑を一緒に見てくれるだけでいいから。
 そう言った瞬間の沈痛な面持ちはどこに行ったのか、隣に立つロシアの表情はまた、掴み所のない笑顔に戻っている。一様に太陽を仰ぐひまわりの気持ちの方がまだ分かるかもしれない。
「満足したあるか」
「うん」
「墓参りくらい一人で行くよろし。付き添いが必要なのは子供だけあるよ」
「一人は寂しいから、誰かが一緒にいてくれるのならずっと子供でいたいな」
「……子供あるな」
「そうかもしれないね」
「ところで、こんな所まで付き合わせたんだから、もちろん夕飯くらいは出してくれるあるね?」
「え、食べてくの?」
「我の足代は高くつくあるよ」
 高慢に言い放つ。態度も語調も完璧だ。
「それなら、中国君でも食べきれないくらい出してあげるよ」
 驚きに目を丸くしていたロシアは、自信に満ちた笑みを浮かべた。
 何の曲か分からない鼻歌を歌いながらひまわり畑に背を向けたロシアに、中国も続く。
 自分の演技が全くの無意味になったことを嘆く必要はない。
 子供は、嫌いではないのだから。