ロマーノが詫びの品を考えるのにも、死因を列挙するのにも飽きたころ、やっとスペインが来訪した。近年まれに見るくらいへべれけになったスペインの足取りは、単身ロマーノの家まで歩いてこられたのが不思議なくらいで、会話にならないどころか、声が聞こえているかどうかすら怪しい。
「……ちくしょうめ、覚えてやがれ」
舌打ち一つ。ロマーノは大げさな身振りで遅れた理由やら再会の喜びやらを語るスペインを引っ掴んで、用意していたワインとつまみを素通りして、寝室まで引きずり込んだ。じゃれついてくるスペインをベッドに叩きつけたくともできない非力さを恨みつつ、共々ベッドに倒れ込む。衣服を寛げてやる間、「積極的やん」などとはやし立てる、調子のいい口が恨めしい。
「おやすみ、坊や」
母が子にするように穏やかに、ぽんぽんと一定のリズムで叩く。くすぐったそうに細められた瞳は、緩慢にまばたいていたかと思うと、やがて閉じたままになった。安らかな寝息が聞こえだす。ロマーノは喉まで出かかっていた不満を飲み込んだ。
ダイニングを片付けたロマーノは、自分の部屋には行かずに、スペインと同じベッドに入った。
スペインの髪や肌からにおう、酒場の人いきれを引きずってきたような酒や煙草や油の臭い。その奥にあるスペイン本人の体臭を求めて体を寄せても、ぐっすりと眠ったスペインは何の反応もしなかったが、気持ちはいくらか落ち着いた。
シーツにアイロンを掛ける時に込めていた期待は、枕元の明かりと一緒に消した。
*
独り寝のときと何一つ変わらない朝を迎えたロマーノは、いまだにすやすやと眠っているスペインを見て、言葉にできなかった感情を唸り声として吐き出した。
「おいこら」
スペインの肩を揺さぶると、晴れやかな寝顔がふらふらと揺れ、むにゃむにゃという寝言がハミングに変わった。スペインを目覚めさせるということを自分の使命だと信じているロマーノだったが、スペインがちっとも覚醒に近づかないのを見て取ると、あっさりと諦めた。
シャワーを浴びたロマーノが戻ってきても、スペインはまだ寝ていた。カーテンと窓を開ける。酒気にひたされていた部屋が、朝の色に塗り変わった。
「そろそろ起きろ」
鼻をつまむ。「んが」と開いた口は、首に掛けていたタオルで塞いだ。
スペインは眉間どころか顔中に皺を寄せて首を振ったかと思うと、がばりと起き上がった。
「なん? なんなん?」
「てめぇから来るって言っといて、いい度胸じゃねーか」
「あっ」
ロマーノの姿を認めるなり、間抜け面の見本のような顔をしていたスペインの顔色がさっと変わった。半端に開いた唇から詫びの言葉が出る前に、ロマーノはベッドに乗り上げて、スペインの戸惑い顔にずいと顔を近付けた。息を詰めたスペインを面白そうに見る。
「キスしたって」
「へ? ……あ、あかん!」
「なんで」
「俺今めっちゃ酒臭いやろ。ほら、離れぇ」
ロマーノは自分の肩を押しつつ後ずさるスペインの横顔を、見下げた目で見た。
「すっぽかした上に、俺の頼みの一つも聞けねぇってのか」
「ううっ……せやけど嫌や」
「……じゃあいい」
歯切れの悪い、しかし曲げそうにないスペインの拒絶を、ロマーノは受け取った。
「俺がする」
虚を衝かれたスペインは、ロマーノの口付けを首を振って拒むまではしなかったものの、早く離れろとばかりに嫌そうな声を鼻から漏らした。ロマーノはスペインの望みを聞くどころか、唇だけを触れあわせるだけでは満足せずに、唇をペロペロと舐めて、閉じた歯を開けるよう催促した。
「は、もうええやん、なぁ」
「舌出せ」
「堪忍してぇやぁ」
口の中に残るミントの香りを移すように、ロマーノは口付けを深くした。味わうように歯を舐めて、縮こまる舌を探り当て、唾液を薄めるように舐め回す。息が冷めることを恐れるように強く唇を押し当てて、目が覚めたからか、そこかしこを刺激されているせいか、スペインの舌の裏からじわりとにじみ出した唾液に舌先を浸して、喘ぐような笑っているような吐息を漏らした。
「飲むなよ」
スペインを放して座り直したロマーノは、薄笑いを浮かべて手招いた。泳いだスペインの目をふさぐように頬に手を伸ばして、覗き込むような角度で唇に吸い付く。こじ開けた口から流れ込む生ぬるい唾液を、音を立てて吸い出す。
こくり、と喉を鳴らして唾を飲み込んだ。
「シャワー浴びてこいよ。……まだ気になるならな」
ロマーノは裸の背に回された指を感じながら、垂れた粘つきを舌ですくい取った。