「兄ちゃんハグしてハグー」
「ったくめんどくせーな」
ロマーノは諦め混じりにヴェネチアーノを抱きしめ軽く頬に口付けた。そして次なる犠牲者の元へ弟を追いやると、室外機のように生ぬるい視線を送ってきていたスペインを睨んだ。
「なんだよ気持ち悪ぃぞ」
つれない態度を取られてもスペインは屈しない。むしろ笑みを深めた。
「またまた、そんなこと言うてぇ。昨日は熱心やったくせに」
「うるせー」
ロマーノも慣れたもので、スペインの煽りを淡々と流す。さっさと会話を打ち切らないのはスペインのやけにニヤついた顔が気になったからだった。好奇心は警戒心との戦いに勝利した。
「イタちゃんのほっぺと俺のちんこが間接キス……」
答えたスペインは、天使の群れでも見ているような顔をしていた。
耳をつねって顔を引き寄せると、ロマーノははむりとスペインの上唇を咥えて吸った。唇の内側をこするように合わせて、応じてきたスペインの舌を吸い上げて、唇で挟んでしごく。ぬるく柔らかい感触を堪能しながらちらりとスペインの目を見ると、場所を弁えよとなだめる気はないようだった。腹立ち半分愉しさ半分、ロマーノはスペインの頭を抱きこむようにして噛みついた。
「――さて、自分のちんこと間接キスした気分はどうだ?」
「……負けた気分です」
後悔していないこともないが、舌に触れる空気の冷たさと甘さは清涼感があって、スペインも悔しそうな様子もなく感心な態度でいるから、ロマーノはまずまずの試合だったとの判断を下した。
「お前、そんなにバカ弟を汚れた目で見たいのか」
「ちょっとしたお茶目やんかー、ロマーノのケチぃ。それともヤキモチなん?」
斜めに見上げてどこぞのキャラクターよろしくぱちぱちと媚びた瞬きをしたスペインの顔を、ロマーノはもう一度両手で挟んだ。陰になったせいで瞳孔が大きくなった目玉をべろりと舐める。
「次やったら瞼切り取ってずっと見てられるようにしてやるよ」
疲れが悪い方に流れた。
「どした……トイレは一人で行けるやろ」
「バカちくしょう」
「もしかしてしたなったん?」
ちゃんと気付けたから、先ほどの寝ぼけた発言は今回は多めに見てやろうと思う。
「俺眠いねんけど」
「俺も眠い」
髪を撫でる手に瞼が重くなる。だが、奥に滞っている熱は冷めない。
「でもしたい」
どうしよう、スペイン。呟きと共にロマーノは頭を起こし、滑り落ちた手を取って指先を啄んだが、スペインは本当に眠いらしく、ぴくりと体を強ばらせたものの、後はされるがままになっている。眠気を誘う体温と、骨ばっているのに包まれていると柔らかさを感じる手のひら。思考の大半を睡魔が支配しているのに、強烈に覚醒した一部が安らぎに身を委ねることを許さない。
「……助けろよ、このやろー」
バカだバカだと言っているが、弟は実際バカではない。むしろ頭の出来は自分よりもずっと優れていると、ロマーノは知っていた。ただ認めたくないだけだ。そんな自分こそバカだと思うが、どうせバカならバカだということに気づけないくらいにバカならいいのに、と思った。
八方ふさがりだ、お手上げだ。気分とは対照に、空が晴れ渡っていることが恨めしい。昼食を取りに行ったバカ弟が早く戻ってこないから、こんなことを考えなくてはならないのだ。よりにもよってジャガイモと二人きり。余計に気が滅入る。何を考えているか分からない金色の後頭部を見ていると、弟の馬鹿面と一緒に「ドイツは頭もいいんだー」という頭空っぽの声が再生された。
「なあ、解けない問題があったらどうする?」
ドイツは顔を向けたが、しばらく動かなかった。突然声を掛けられたことに驚いているのかもしれない無表情から、困惑しているのか怒っているのか判らない表情に変わる。おもむろに口を開いた。
「解けるよう努力するだろう」
「つまんねーな」
「そうだろうな。しかしどんな問題かは知らないが、解ける解けないという概念があるなら、解答を得られないのは自分の努力不足だろう」
「そっか」
付き合えるか、付き合えないか。言ってみれば二択で、最初から答えは二種類しかない。悔しいことに納得してしまった。そしてさらに悔しいことに、あまり悔しくなかった。ロマーノは勢いを付けて立ち上がると、走り出した。
「おい待て、訓練は途中だぞ!」
「ヴェネチアーノと二人でよろしくやってくれ!」
逃げ足の早さなら誰にも負けない。ドイツの怒号を背中で聞きながらロマーノは駆けた。ここから逃げたら逃げた分だけ、スペインの家が近くなる。どうせなら考える脳みそも全部置いて行ってやろう。スペインに会って伝えるべき一言さえ覚えていればそれでいいのだ。