【西ロマ:いつも通り】

 ふて寝から目覚めてみると、今日乗り気じゃなかったのは自分の方だった。
「起きてるやん」
 脳波をモニターしているのかと思いたくなるタイミングでスペインがドアを開けたが、ロマーノは驚きも気を悪くもせずに、ふいと視線をそらした。寝間の中の空気を追い出しかねているうちに、スペインが食事の話をしながらブランケットの上からベッドに座る。口ぶりから、夕食の時間が近いのだと知る。ということは、カーテンの向こうはとっくに日が落ちているということだ。
 ロマーノは手のひらで顔を擦った。
「……悪ぃ」
「そうなん? 怒ってへんで?」
 当たり前に用意されている二人分の食事と、その当然を疑いもしないスペインは、本当に何のことだか分からないがとりあえずといった様子で、ロマーノの頭を撫でた。そして、何のことない近況を、ロマーノが眠る前に話していたのと同じようなことを話し出す。
 スペインの尻が毛布を踏んづけているからベッドから降りられない。……そういうことにした。

【西ロマ+伊:改めまして】

「久しぶりやんなぁ」
 ヴェネチアーノを抱きしめたスペインは、ぎゅうぎゅうと互いの顔の境目が曖昧になるくらい頬をくっつけて、その幸せそうな様子は顔のパーツも溶け落ちてしまいそうなくらいだ。状況を気に留めないのはさすがと言うべきか、ヴェネチアーノは常と変わらない声で「ねーねー」とスペインに呼びかけた。
「俺のこと好き?」
「好きやでー。どないしたんな急にぃ」
「じゃあさ、兄ちゃんは?」
「もっちろん好きに決まっとるやんかぁ」
 スペインはヴェネチアーノを腕に抱いたまま胸を張った。唐突に引き合いに出されたロマーノの肩がびくりと跳ねたことには気づいていない。
「同じ好きじゃいやだよ」
 ヴェネチアーノはスペインの胸に手をついて、突き放すように腕を伸ばした。戸惑いを見せたスペインの体をくるりと回してロマーノの方に向け、背中を軽く押した。
「ちゃんと兄ちゃんに好きって言って」
「何言い出すんだこのバカ!」
 スペインが疑問を呈すより先に、ロマーノが声を張り上げた。
「またまたあ、とぼけちゃって。俺知ってるよぉ、俺とスペイン兄ちゃんがくっついてたら、見てないフリして気にしてるの」
 ヴェネチアーノがわざとらしく含み笑いすると、ロマーノの顔に赤みが差した。
「そうやったんか!」
 呆気にとられていたスペインが、図星を突かれたとしか言いようがないロマーノの様子を見て、要領を得たという顔になる。ほんの数歩の距離を、まるで映画のワンシーンのようにダイナミックな動きで詰めると、ロマーノを抱きすくめた。経験上薄々予測していたロマーノですら、その速さには驚いた。
「俺はダメな親分やでぇっ」
「『親分』てのいい加減やめろよ!」
「ダメな恋人やで?」
 合っとる? と子供のように首を傾げるスペインを張り倒そうにも、ロマーノの両腕は封じられている。
「よっしゃ、本気出すわ」
「いらねー離れろ!」
 ロマーノにしては珍しく、諦めずに拘束から逃れようと奮闘する。体が震えるほど力を入れても、スペインはロマーノの抵抗などないもののように、相対した。キリリと引き締められた表情は、喚いていたロマーノが思わず黙るほどだった。いつの間にやらヴェネチアーノは観覧席についている。

 もういっそ舌でも噛むか。そうロマーノが思ったとき、
「……アカン」
 スペインが、むずむずと唇を震わせて呟いた。痛いほどだった腕の力が緩む。
「恥ずかしぃて……言われへん……」
 俯いたスペインの顔は、ロマーノの熱が伝播したように赤かった。
「なっ、このっ」
「ほんまに好きやねん! 信じてや!」
 ロマーノの手を握り、懇願調のスペインにたじたじとなったロマーノは、無意識にヴェネチアーノを見た。ヴェネチアーノはひらひらと手を振って席を立つ。
「ごゆっくりどうぞ〜」

【西+ロマ:大人の事情】

 低く呟くような歌声が聞こえてくる。いつもなら意味のわからない歌詞の歌を、やたら上機嫌に口ずさんでいるのに珍しいことだ。なんとなく入りづらさを感じてドアの前に留まっていると、視線に気づいたのか、スペインが顔を上げた。
「寝られへんの?」
 眠れないのではなくて、目が覚めてしまったのだ。頭はスッキリしているから、朝まで寝なくても平気だ。――そういった意味のことを口にすると、スペインは困った顔をした。気にせず向かいの椅子によじ登ると、スペインは飲んでいたコップを引き寄せた。危ないからと刃物を遠ざけるような様子を不満に思ったが、それよりも、知りたいことがあった。
「何の歌だ?」
「聞こえてたんか」
 スペインは恥ずかしそうにした。はっきりと大きな声で変な歌を歌っていることだってあるくせに、変なやつ。コップの中身は見慣れない色をしていた。
「せやなあ」
 言葉を区切って、スペインは微笑んだ。
「ロマーノが大人になったら教えたる」

 *

 不意に思い出したできごとをスペインに振ると、スペインはどうやら忘れていたようで、眉間に皺を寄せてうんうん唸り始めた。忘れたと言って終わらせてしまえばいいのに、変なところで律儀なやつだ。それ以上の情報を与えたくとも、メロディすら覚えていない。
「あ」
 思い出したらしい。スペインは俺の顔を見て、照れたように笑った。
「何だよ、気持ち悪ぃな」
「聞かん方がええと思うねんけど」
「そこまで言われて気にならないわけがねーだろ」
 やんなあ、とスペインは同意した。
「たぶんやねんけど、領主が色惚けで、お妾さんやらと寝てばっかりって歌やったと思う。出掛けた先で流行っとってなぁ、耳に残ってしもて……」