※西やロマが別の人と付き合っていることを匂わせる描写や、軽い性描写を含みます。

【西ロマ:市内のとあるホテルにて〜リサイクルセックス〜】

「ふ、は……っ」
 ロマーノの体がぶるりと震えた。窓ガラスに押し当てた指先に力がこもり、透けそうなほど白くなる。掴めるものなら縋り付きたいのだろう。だが、つるりとしたガラスは掴めないどころか汗で滑るようだ。ガクガクと震えている脚が彼の体力の限界を示していたが、行為を止める気はさらさらなかった。
 ロマーノの唇から漏れる声は喘ぎ声よりも泣き声に近く、それも啜り泣きのように弱々しい。声を堪える力は残っていないのだろうから、幸いと言えば幸いだ。
 揺れている彼のものを握り、強めにしごいてやると、弛みだしていた中がまた締まった。

「ルームサービス頼む?」
 真っ新なシーツに身を投げ出したロマーノに返事代わりに睨み付けられて、スペインはけたけたと笑った。部屋に入るなり服をはぎ取って行為に及んだせいで、部屋はなかなかにひどい有様だった。部屋のドアを開けて真っ先に目に入る大きな窓なんかは特にそうで、汚れていないのはベッドくらいのものだ。しかしルームサービスをベッドの上に運んでもらう訳にはいかないし、それにベッドルームにまで入るのなら、手前の部屋のテーブルに置いてもらうのも同じことなのだ。
「……八つ当たりするにしても限度があんだろ」
「ちゃうよぉ」
 美しい夜景はお気に召さなかったらしく、ロマーノの機嫌はあまり良くない。キングサイズのベッドの真ん中に陣取っている様子から考えても、特等席である窓際より、ベッドの方をお好みだったようだ。そのことを反省しつつ、スペインはひとまず、「八つ当たり」という部分を否定した。
 ロマーノとの逢瀬を楽しんでいるこの部屋は、元々は数時間前に食事を共にした女性と一晩共にするために使うつもりで用意した。そのことを知っているロマーノは、スペインが「フラれた八つ当たり」でロマーノのことを手ひどい抱き方をしたのだと思っているようだが、スペインは女性に袖にされたことをそれほど気にしていなかった。
「ちゃうけど、興奮してもうたからなぁ」
 欲求の行き先と寂しさの穴埋めを一度に担えるのがロマーノで、そのロマーノを抱いていると、もっと喘がせたい、泣かせたいと思ってしまった。それだけだった。――鬱屈した気持ちもあるにはあったが、それはロマーノの涙と一緒に流れ出てしまっていた。
「変態だな」
 聞き慣れた、罵声のようだが温かみのある呟きが耳に届く。
 ロマーノはいくらか落ち着いたようで、寝返りを打って部屋の中を見回した。
「どうしたんだよ、ここ」
 今さら部屋の豪華さに気付いたらしい。一般的に考えてもおいそれと泊まれるような値段ではないし、交際していた当時、セックスと言えば互いの家か外か車かモーテルかという選択肢だったことを加えると、進歩したどころの話ではない。
「仕事でちょっとな」
「それなのにこのザマかよ。だっせぇの」
 馬鹿にしたような口ぶりとは裏腹に、ロマーノの目はおかしげに笑っている。
「どうせなら飯付きで呼べよな。掘られるだけとか割に合わねー」
「せやからルームサービス頼むかって聞いてるやんかぁ」
 笑うロマーノの頬を軽く摘む。やめろよと振り払おうとした手を捕まえようとして、そのままベッドに倒れ込む。弾むスプリングと声。心地よい疲労感。他愛ないやりとりに安らぎを感じた。

【西ロマ:ある朝のできごと〜リサイクルセックス〜】

「俺も飲む」
 ロマーノが言うと、スペインは火にかけている手鍋とロマーノの顔を見比べた。ロマーノは軽く頷いて、スペインが考えているだろうことを肯定する。
「甘いで?」
「知ってる」
 相手の好みは熟知していた。スペインの甘党ぶりは相当なもので、交際中のロマーノが自宅にスペイン用の砂糖を備えていたくらいだ。別れてから一年は経つが、ロマーノはまだ砂糖を買っていない。そんなスペインが作るカフェ・ラッテ――スペイン風に言えばカフェ・コン・レチェ――の甘ったるさはロマーノには耐え難いほどだったが、今はそれが飲みたい気分だった。
 ロマーノは椅子に座り、注ぎ足すためのミルクを取りに行くスペインの姿を眺めた。くどさのない、均整の取れた筋肉は見ていて気持ちがいい。男の自分から見てもそうなのだから、女性から見てもそうなのだろう。――もっとも、彼女たちは「羨ましい」とは思わないだろうし、パンツ一丁でキッチンをうろつくスペインを目の前にして、ロマーノほど落ち着いてもいられないだろうが。
「お前まだ筋トレしてんの?」
「んー、まぁ、そこそこ」
「ずるいよなぁ」
 ロマーノは頬杖をついた。この光景を人が見たらどう見えるのだろうと考えて、もし見ている人間がいたら一目散に逃げだそうと頷いた。昨夜の痕跡が色濃く残るベッドルームほどではないにしろ、ほぼ全裸の男をバスローブを羽織っただけで眺めているなんて、勘ぐられても文句は言えない状況だ。せっかく彼女と上手くいっている時にホモ疑惑が浮上するのは勘弁して欲しいと、ロマーノはずり落ちてきていたバスローブの胸元を正した。
「今度ロマの彼女も連れておいでよ。そんで」
「断る」
「まだ何も言うてへんやん」
「どうせ4Pしようって言うんだろ?」
 スペインは残念そうに鼻声を出した。
「見かけによらず真面目やねぇ」
「見かけによらずは余計だ、こんちくしょう。俺ほど女性に対して真摯な男はいないだろうが」
 ロマーノが憤慨してみせるとスペインは肩をすくめて見せた。
「道歩いてる最中に目移りせんかったら完璧やねんけどな」
 差し出されたカップを受け取ろうとすると、ひょいと引かれる。眉を寄せたロマーノを見てスペインは笑った。この先が想像できていても、ロマーノはスペインが話すのを待った。
「飲んだらもう一回したい」
「メシが先だ」
「じゃあ間取って食いながらやな」
「どういう理屈だよ」
 ロマーノは承諾するともしないとも言わなかったが、スペインは「決まりな」と言ってカップを渡した。