【西ロマ】

 街路を歩いている最中、突然苦い顔をしたスペインは「ちょっとすまん」と断って、ポケットから携帯電話を取り出した。明滅する小さな機械の表示を視認すると、打って変わって目を輝かせた。
 好い相手らしい。そう察したロマーノは意識を他所に向けた。

「え? ロマ?」
 メインストリートから脇道に逸れたところで、突然名前を呼ばれて思わずスペインを振り返る。電話一本かけるだけでスペインを喜ばせることができて、自分のことを話題に出す人物。思い当たる者は一人しかいない。
 電話の主をヴェネチアーノだと知ったロマーノは慌てた。視線を振ってきたスペインに向けて、黙っているようにとジェスチャーで指示を出す。スペインも目で返事をした。
「こっちには来てへんよー」
 スペインの返答を聞いて、難を逃れたことを安堵したロマーノは、スペインの目がないのをいいことに、通り過ぎた美女の尻を目で追った。
 逃げ出したロマーノの行き先と言えばスペインのところ。ヴェネチアーノのその見解は、ヴェネチアーノからの電話を喜ぶスペインの姿と併せて、非常に面白くなかった。

「イタちゃんこっち来るって」
「は!? 俺はいないって言っただろ!」
「うん、言うた。俺に会いにくるねん!」
 喜びを隠そうともせず、スペインでれでれと笑み崩した。
「……そうかよ。じゃ、俺帰るわ。バカ弟に会いたくねーし」
 電話をしながらではどうしても歩みが遅くなる。スペインより数歩先にいたロマーノはくるりと方向転換し、乱暴な足取りでスペインの脇をすり抜けた。急にロマーノの機嫌が悪くなった理由が分からず、呆気にとられているだろうスペインに向かって手を振る。
 しかし、脇道から出ないうちにスペインに腕を掴まれた。
「何だよ。あのバカとよろしくやればいいだろ」
 拗ねた顔をしつつ、ロマーノはスペインのいつになく真剣な眼差しにたじろいだ。
「俺の財布は連れて行かんとって」

【西ロマ】

「……あっつい。やばいくらい暑い」
「うるせぇ黙れ。余計暑くなんだろうが」
「お日さんの下におるときの方が気にならへんって不思議やんなぁ」
「そう思うんなら出て行け」
「嫌やぁ」
 クーラーの壊れた部屋で、なけなしの涼を求めて床に寝そべる。午後から降るという雨のせいか湿度が高いが、その予報を疑いたくなるくらいの晴天だった。
 シャワーを浴びた直後の爽快感はとうに消えている。運動中に流れる汗と違って、肌に纏わり付く汗もべとべとして不快だった。脱ぎ捨てたTシャツを引き寄せて首回りを拭うと、汗臭さが鼻についた。
 意識したせいか、Tシャツを離してからも臭う気がする。今この状態で臭うということは、部屋から出て違う空気を吸って、それから戻ってくれば相当臭いかもしれない。何せ二人分だ。
「なぁ、親分今汗臭い?」
「は? 知るかよ」
「嗅いでみてぇな」
「嫌に決まってんだろ」
 もう一度拾ったTシャツを掲げてみせると、ロマーノは気だるそうにしながらもきっぱりと拒否した。首を動かすのが面倒なのか、それとも窓の方を向きたくないだけなのか、ロマーノは顔を背けたままぴくりとも動かない。
 手首のスナップをきかせてTシャツを放ると、見事ロマーノの顔に着地した。
 飛び起きて怒鳴ってくると思ったのに、ロマーノは聞こえるか聞こえないかの声で「臭ぇ」と呟くと、目元だけを覆える位置にTシャツをずらした。
 そしてしばらくそのまま目隠しにしていたロマーノだったが、摘んだTシャツを投げ捨てた。
「やっぱ臭ぇ」
「……二回も言うなんて。ちょっと傷ついたやん」
「知るか」