「欲しいの選べ」
作ったばかりのカフェオレをテーブルに置いたスペインに、ロマーノはファイルを突き出した。
「くれるのん?」
「土産用のポストカード作るんだとよ。お前が選ぶ方が向いてそうだ」
ファイリングされた写真はロマーノの家の風景を撮したもので、味気ないラベルが貼られていることと、人間を写したものが極端に少ないことを除けば、まるっきりアルバムだ。
スペインはページをめくりながら、ロマーノの家の写真で観光写真と言えるようなものを一枚も持っていないことに思い当たった。これではあまり参考になれそうにないと思いながら、ついつい観光客が買うポストカードに相応しいものを探索してしまう目を、ロマーノが言ったとおり「欲しいもの」を見つけることに専念させる。どこを切り取っても絵になるロマーノの家で写真家が撮った写真となると、どれを選んでも遜色なく、ひねくれた言い方をするなら大差ないから、スペインの努力にあまり意味はなかった。
「ほな、これ」
選んだ写真を指で示す。38番、夕陽に染まるナポリ湾。カップを片手に、広げられたファイルを見やったロマーノは、ちょっと眉を上げて気のない声を出した。
「あかんかな」
「……さあ」
「はっきりせんなあ」
「はっきり判ったら苦労しねぇよ。新しく作るも何も、出尽くしてんだ」
ロマーノはスペインが選んだ写真を、一番後ろのページのポケットに移動させた。
「門外不出の品はあらへんの?」
「ガイドブックの取材者にとっておきの店を教える馬鹿はいねーよ」
「もっともやな」
はたして、さっきのファイルにあった写真の定番品と言える景色を見ずに、ロマーノの家を撮したものだと分かっただろうか? ふと抱いた疑念を、「そんなイメージできる前から俺はロマーノを知ってるねん!」と強く主張して打ち消した。ほどよくぬるんで甘みが強くなったカフェオレを喉に流し入れる。
「ロマーノはどれ選んだん?」
「ああ、確か……」
ページをめくろうとした手を留める。
「よっしゃ、そしたらロマが選んだん当てたろ」
「バカなことすんなよ」
ロマーノは笑ったが、再びファイルを取り上げるスペインを止めはしなかった。
*
「やる」
突然家に来たロマーノがそう言って差し出した封筒には、先頃スペインが選んだ写真が入っていた。その時のことなどすっかり忘れていたスペインは、受け取った写真を初めて見たような目で見た。
「他の使うことになったからもらってきた。もう一枚あるだろ」
促されて封筒を揺すっても何も出てこない。と思ったら手にした写真に重なっていた。同じくナポリ湾が写っているが、アングルも光の色も違う。しばらく見とれていたスペインが気づいたときには、スペインを見るロマーノは真剣を通り越して怖いくらいの顔をしていた。
「ど、どしたん」
「いや。何でもねー、気にすんな」
「それは苦しいで」
何か仕掛けでもあるのだろうかと写真を凝視し、ひっくり返してみたスペインは吹き出した。
「どしたん!」
裏面には、ロマーノの筆跡で『ロマーノより』と書かれている。
「……書けって言われたんだよ」
「写真もらうんに何て言うたん?」
「何って、普通に……」
口ごもったロマーノは睨むようにスペインを見てから、肩を落とした。
「可愛がられてるなあ。礼を言いに行けんのが残念や。で、デートに誘てくれんの?」
「……」
「せっかくの応援を無下にしたらあかんで」
家の人間との約束を守るか、誰が野郎なんかと撥ね付けるか。答えはスペインと付き合っている時点で決まっているだろうに、今さら葛藤しているロマーノをおもしろく眺めつ、スペインは持ったままだった写真に目を落とした。
「きれいなあ」
「……実物は写真よりもずっといい。撮れた奴を知らねぇ」
独り言のような、しかしこの距離でスペインが聞き逃すことは絶対にないボリュームで、ロマーノは「ちくしょう」と悪態をついた。その表情はとても恋人をデートに誘う顔ではなかった。
「俺はお前に見せたい」
飾り気もしゃれっ気もなくはっきりと言い切って、ついに耐えられなくなったらしいロマーノは、今日の活動は終了したとばかりにその場で脱力した。
「……来てくれるなら旅行するつもりで来い。一泊二日じゃ許さねーぞ」
頭痛を堪えるように額に手を当てていたロマーノは、思いも寄らない希望を付け足した。