「なんで俺んち泊まらへんの?」
 ロマーノがホテルを取っていることを知るなり、スペインは不満たらしい声を出した。
「お前の家じゃ女の子連れ込めねーだろ」
「気にせぇへんよ」
「俺が気になる」
「そう言うけど、フランスんちでヤったとき楽しんでたやん」
「あれはお前が強引に……!」
 賑わうバルの中でも、負の感情がこもった大声はよく響く。ロマーノは言葉を途中で呑み込んだ。出せなかった分だけ喉に滞った不快感を酒で飲み下す。
 家の中でセックスしたことのない場所を探すことは難しいくらいだったが、単に場所を選ばなかっただけで、マンネリを感じたことはなかった。特異なことがあるとすれば、スペインがちょっとした刺激を求めたときくらいだ。それに際して、ロマーノが抵抗し通せたことはない。
「そうやったっけなあ」
 スペインはうそぶいた。
「でもスリルあってよかったやろ? 今度は俺の目を盗んでいちゃいちゃしたらええやん」
「……お前が知らないふりしてるって知ってたら意味ないだろ」
「でもこの間のは俺も楽しかったで」


『うん、最初から知ってた』
 あっさりと返ってきた答えを聞いて、せいぜい途中で気づきながらも素知らぬ顔をした程度だと思っていたロマーノは、奥歯をきしらせた。スペインとロマーノの来訪に驚いたところからすでに演技だったとは、打診したスペインと承諾したフランスの趣味の悪さは想像を超えていた。
『スペインは?』
「赦しを請いに行った」
 テーブルに突っ伏したまま動かない、携帯電話の持ち主を肘でこづいた。
『じゃあ今フリーなのか。俺んとこ来なよ』
「誰が行くか」
『つれないなあ』
 木で鼻をくくったような返答が予想通りだと言うように、フランスはくつくつと笑った。ロマーノは通話を終了する気になったが、フランスはそれを察したのか、「待って」と声をかけた。
『俺が頼まれたのはこれが初めてだよ』
「……そう何度もあってたまるか」
『スペインはこういうのを誰にでもやってるんじゃないんだ。俺の知る限りはね。それってあいつなりにロマーノに甘えてるってことだとお兄さんは思うんだよね。たまには――』


「帰る」
 ロマーノは罵るような声で吐き捨てて、席を蹴った。
 まだ死んだふりを続けていたスペインは慌てて頭を起こした。足早に去ったロマーノの手はとっくにドアにかかっている。テーブルに残された携帯電話はまだ通話中だ。
「フランスお前何言うてん!」
『んー? ロマーノの喘ぎ声はかわいいねって』
「確かにかわええけど! くっそ、余計怒らせてどないすんねん!」
『ええ〜。ロマーノのご機嫌直すのはスペインの仕事でしょお?』
 スペインはフランスの口調に苛立ちつつ、尻ポケットから財布を引き出した。キィンと澄んだ金属音が耳に届く。反射的に目で追った場所には鍵が落ちていた。ホテルの名前と部屋番号の刻字された札が付いた、ありふれたスタイルのルームキー。
「……今度おごるわ」
『期待してる』