山手線ゲーム

「なんや、もうネタ切れか? 俺はまだまだ言えるで」
 直哉につらつらと「甚壱くんのアカンとこ」を列挙されて、蘭太はぎゅっと拳を握った。禪院家当主の息子という肩書きがなくとも、直哉が炳の筆頭であることに異論はなかったが、当て擦りめいたことを言われても耐えているのは、直哉が当主の息子だからという理由以外では決してない。今日もそうしてやり過ごすつもりだったが、敬愛する甚壱の悪口となれば話は別だ。甚壱を悪く言う口実・機会を与えた自分の迂闊さにも腹が立つが、やはり目の前の人間に対する苛立ちのほうが大きく勝った。
「仕事を優先するところも、俺達のこと気にかけて報告受けてくれるところも、直哉さんが挙げたとこ全部、甚壱さんのいいところです」
「お、てことは甚壱くんの顔はやっぱアカンて――」
「甚壱さんはどこを見てもかっこいいです!」
 噛みつかんばかりの勢いで食い気味に言う蘭太に、直哉はわざとらしく首を傾げた。直哉を敬っていないことは別にして、目上の話を遮ってしまったことに気づいた蘭太は一瞬しまったという顔をするが、今さら引っ込みはつかない。叱責されるならそれでいい、と表情を取り繕いもせずに見返すと、直哉はニィと笑みを浮かべた。
「ヤッてる最中に出ていくんはさておき、筆頭の俺を差し置いて指示するんはちゃうんとちゃうか?」
「それは直哉さんが独断専こ――むぐっ」
「蘭太、よせ」
 いよいよ取り返しのつかない発言をしようとした蘭太の口を、後ろから現れた甚壱が手のひらで塞ぐ。蘭太の対面に位置取っていたために先に気づいていた直哉は、蘭太の頭越しでも顔の見える甚壱にひらりと手を振った。
「お早いお着きやな」
「……」
 甚壱に知らせが行ったことを察していたのだろう。直哉のからかうような口調に、甚壱は機嫌の良し悪しにかかわらず生来にこやかさのない顔を更に不機嫌なものに変化させながら、ぐいと蘭太を脇に押しのける。
「甚壱さん!」
 今の今まで憤っていたことどころか、直哉の存在すら忘れたようにキラキラとした目で甚壱を見る蘭太を見て、直哉は大仰に溜め息をついた。甚壱にそのつもりはないのだろうが、誰がどう見ても蘭太をかばっている。おもちゃを取り上げられた以上に、そこがおもしろくない。
「子供の遊びに大人が口出すんはどうかと思うで」
「子供と言う年か。やるなら俺に関係のない遊びにしろ」
「途中で山手線ゲームに変わってしもたけど、元は恋バナやねんで。なあ?」
「違います!」
 話を振られた蘭太がぶんぶんと首を振る。妙に焦った様子が気に掛かり、甚壱は蘭太を注視するが、蘭太は必死の形相で「本当に違います!」と繰り返した。
「好きなとこなんかいくらでもあるやろけど、交際するならアカンとこをどれくらい許せるかやろ。甚壱くんと付き合っとる理由聞かれたから教えたっててん」
「……俺はお前と付き合っていない」
 自分に向けられた最後の一言を、甚壱は淡々と否定した。
「確かに正式なお付き合いは申し込んでへんな。立会人もおることやし、ここらで人前式といっとこか?」
「ふざけるな。……蘭太、用が済んだなら戻れ」
「甚壱さんは」
「俺はこいつに用がある」
 共に場を離れるつもりでいた蘭太は一瞬眉に残念そうな色を浮かべたが、甚壱の顔を見納めるように見つめ返してから、ぺこりと頭を下げて背を向ける。
 その背中に聞こえよがしに、直哉は甚壱に言いがかりをつけた。
「甚壱くんのニブチン。アカンとこ一個も一個もないて言ってたけど、今ので絶対一個できたで」
 蘭太はぐっと怒りを飲み込んで歩き始めたが、やはり収まりがつかずに振り返った。反応を見越していたのだろう。おもしろがるように向けられている直哉の視線を受け流して、袂を探っている甚壱の背中を見る。
「俺は何があっても甚壱さんのこと好きですからね!」
 蘭太の主張が、長い廊下に響き渡った。

投稿日:2021年6月3日
甚壱は直哉が部屋に忘れたピアスを届けに来たという設定があります。