以下のものが含まれます。

  • 短針中2年生クロノ、小学6年生トキネのパラレルワールド
  • クロノとトキネが両親と同居している(両親出演なし)
  • 近親相姦
  • 恋愛感情を伴わない合意の上での性行為

停止線の向こう側

「分かったよ、お兄ちゃん! セックスだよ!」
 チームの決勝進出が決まった瞬間の選手もかくやな勢いだった。
 部屋に飛び込んできたトキネに、クロノは読んでいた本を握りしめたまま目を白黒させた。
 クロノが中学生になったのを機に、クロノとトキネの部屋は別々になった。クロノが一人部屋がほしいと望んだのではなく、お兄ちゃんもそろそろ……と気を回した親に与えられた形で、断ればトキネが部屋をもらえる日が遅れるだろうと考えて承諾したクロノは、一人で過ごす部屋を内心寂しく思っていた。
 だから、トキネが部屋に遊びに来ることは全然構わない。鍵は掛けていないし、ノックだって別に必要ない。クロノはトキネがいるときでもトキネの部屋には入らないけれど、トキネがクロノの部屋に入る分には、クロノがいないときでも好きにしてくれてよかった。
 運動神経抜群のトキネは、ついに音速を超えてしまったのかもしれない。クロノは考えた。物体が目に見えるのは、光の反射によるものだ。トキネの姿が見えているのに声が聞こえなかったのは、音速を超えたのなら仕方のないことだった。
 しおりを挟んでから本を閉じたクロノは、目の前にいるトキネが着ているTシャツが、自分のものであることに気がついた。最近見ないと思ったらトキネのところにあったのか、と波間に浮かぶクジラの柄をまじまじと見る。
 このTシャツは家族で出かけたショッピングモールで、「お兄ちゃんが小さい頃に着てた服にそっくり!」とおもしろがるトキネに薦められて買ったものだ。クロノでもゆったり着られるサイズだから、トキネが着ると完全に肩が落ちてしまっているが、それがオシャレなのかもしれない、とクロノは一人で納得した。クロノはファッションというものに疎い。小学校と違い、中学校には制服があってよかったと思っている。来年は受験生だ。具体的なことは何も決めていないけれど、できれば高校も制服があるところに行きたい。
「……お兄ちゃん、聞いてる?」
 そこまで考えたところでようやく、トキネの声が聞こえた。
「聞こえた」
「もう!」
 怒った顔をしたトキネに両手で顔を挟まれる。バチンッといい音がした。
「痛い!」
「聞いてないお兄ちゃんが悪い!」
「悪くないだろ! トキネはいきなりすぎるんだよ!」
 自分の考えに没頭していたことは認めるが、部屋に飛び込むなり相手の様子も確かめず、矢継ぎ早に話し続けたトキネにも非がある。クロノの抗議を聞いても口を尖らせていたトキネは、全く引く気のないクロノを見て諦めたのか、不満げな顔のまま、クロノの顔から手を離した。
「……それで、なんだって?」
 クロノは思い切り挟まれたせいで、まだじんじんしている頬を撫でながら尋ねた。
 トキネはたまに突拍子もないことを思いつくが、そこに至った経緯を順を追って説明されてみれば、納得できることも多い。「一を聞いて十を知る」を地で行くトキネの思考は、自分のように頭の回転の遅い凡人には簡単には理解できないのだ、とクロノは解釈している。
 クロノが本を置いてトキネに向き合うと、座りもせず膝立ちで話していたトキネも、ようやく腰を下ろした。
「お兄ちゃんに足りないのは自信だけだって話、覚えてる?」
「ああ、でも最近はそれなりにできてると思うぞ」
「うん。お兄ちゃん、部活始めてから明るくなったよね。わたし、安心したよ!」
「安心したとはなんだ。妹のくせに生意気だぞ」
 クロノは先ほどの仕返しにトキネの頬を伸ばしてやろうと思ったが、頬に貼られた絆創膏を見てやめにした。トキネは平気で自分の身を犠牲にする。人助けをするなとは言わないから、怪我だけはしないようにしてほしい。
「お兄ちゃんに自信をつける方法が分かったんだよ」
「へえ」
 余程いい案なのだろう。クロノの気のない相槌にも、トキネのキラキラとした目の輝きは失われない。
「セックスしたらいいんだって!」
「…………は?」
 聞き間違いだろうか。自分の耳を疑いにかかるクロノの頭の片隅で、部屋に入ってきた瞬間のトキネの声が、今さらながら再生される。一言一句、間違いなく、脳細胞に染み込むように入ってきた言葉が示す意味は、今聞いたものと相違ない。まだ輝いているトキネの目を見ると、澄み切った瞳の中に、虚ろな顔をした自分が映っているのが見えた。
「お兄ちゃん、セックスって分かる?」
「……分かる」
 クロノの反応の薄さに不安になったらしく、眉を下げたトキネが、予備知識を確認してくる。クロノは頷いた。授業でもない場面で、こんなに恥ずかしげもなく「セックス」と発音できる人間に会ったことがなかった。それが妹だということに少なからず驚いているせいで、バカにするなと憤るタイミングを逃した。
「よかった。それでね、コンドームを買ってきたんだ」
 トキネはズボンにかぶさっているTシャツの裾をめくり、ポケットから小箱を取り出した。
 パッケージにでかでかと書かれている003という文字。性教育の授業で見たのと同じものだ。数字は被膜の厚みを表していて、薄ければ薄いほど優れている、というわけではないのだったか。
「初めてならラテックス製の方が伸びるから失敗しにくいって。お兄ちゃん、果物のアレルギーないから大丈夫だよね? 変な感じがしたら言ってね?」
 回っているのは目か、頭か。クロノは床に置かれたコンドームの箱を見ながら、世界がぐるぐると回っているような感覚に耐えていた。
 あの授業を自分のこととして聞いている生徒がどれだけいるのだろう。クロノだって真面目に聞いてはいたが、必要になるのはもっとずっと先で、一生ないかもしれないとすら思っていた。反復学習の有効性を実証する研究は複数ある。トキネの話が理解できないのは、授業内容を思い出すことがないせいで、知識として身に付いていないからだろうか。
「お兄ちゃん、聞いてる?」
 本日二度目の確認だ。クロノは無言で頷いた。
 このままではいけない。言わなければならないことがある。
「……トキネ、セッ……っ…………」
「セックス?」
「……ぅ……それは、相手がいないとできないことなんだ」
 クロノが目を泳がせながらしどろもどろに絞り出したのに対して、トキネはぱっと花が咲くように笑った。
「わたしがいるよ!」
「だめに決まってるだろ!」
 クロノは叫んだ。
「おれたちは兄妹なんだぞ。何言い出すんだよ……!」
 気圧される前に付け加える。トキネの笑顔には人を安心させ、勇気づける力がある。トキネに言われると、それが正しい気がしてしまう。否定できる材料は全く揃っていない。あるのは間違っているという直感だけだ。けれども今、ここで、説得されるわけにはいかなかった。
「言うと思った」
 トキネは笑顔を崩さず、それどころか自信満々に胸を張った。
「日本の法律ではきょうだいでセックスするのは禁止されてないんだよ。だから大丈夫!」
「大丈夫じゃないだろ!」
 クロノは論拠を探して頭の中を探り、コンドームの箱に目を留める。
「……避妊の成功率は一〇〇%じゃないんだ。もし失敗したら、大変な思いをするのはトキネなんだぞ」
「わたしまだ生理来てないよ。だから平気。……あれ? じゃあコンドームいらないのかな? でも必ず付けましょうって……」
「トキネ」
 神妙な顔で記憶を手繰り始めたトキネの肩を、クロノは泣きそうな気分で掴んだ。
「とにかく落ち着いてくれ。セッ……クスは、いつかトキネに好きな人ができたときに、ちゃんと考えてから、するかしないか決めることだ。今、おれに自信をつけさせるためにすることじゃないんだ」
 トキネはクロノの目を見てから、一度視線を落とした。
 クロノに叱られて沈んでいるという反応ではない。考えている表情だ。その考えがろくでもないことでないよう、クロノは祈った。
「んー……分かった」
 顔を上げたトキネは、にかっと笑った。無理して笑っていると気づいたクロノは怯んだが、ここで引き下がることはできない。弁明しようとする自分を叱咤して、口をつぐむ。仮にトキネが傷ついていたとして、どんな言葉を掛けられるというのか。
「お兄ちゃんはしたくないってことだね。無理強いはしちゃいけないからね。わたし、帰るね。……読書の邪魔してごめん」



 部屋の中を嵐が通過したようだった。
 いつもよりずっと静かに閉められたドアを呆然と眺めていたクロノは、とても読書になど戻れない気持ちながら、どうにか切り替えるべく床に置いた本に目をやった。
 そこで、置き去られたコンドームの箱に気がついた。



 ノックを三回。トキネの返事はあったがドアは開かない。
 クロノは手の汗をズボンの脇で拭った。親が家にいないのは幸いだ。妹の部屋の前でコンドームを持って立っているなんて、見られたら何と言い訳したらいいのか分からない。
 そもそもトキネはこれをどこで買ったのだろうか。コンビニでも売っていると言うが、クロノは売っているのを見たことがない。医療機器だから未成年でも買えるらしいが、小学生でも買えるものなのだろうか。誰かに見られて、学校や町内で変な噂になっていないだろうか。
「はーい、お兄ちゃん、どうしたの?」
「トキネ……」
 クロノはドアを開けたトキネがケロッとした顔をしているのを見てほっとした。汗をつけてしまわないよう、摘むようにして持っていたコンドームの箱を、トキネに向かってずいと差し出す。
「忘れ物だ」
 トキネはクロノの手にある箱を見て、途端に口を尖らせた。自分が非を認める形で終わった話を、蒸し返されたのがおもしろくないのだろう。気持ちは分かるが、クロノだって好きでやっているわけではない。
「お兄ちゃんにあげる」
「いらない。返す」
「なんで。つける練習したらいいじゃん。好きな人ができたときのためにさ」
「余計なお世話だ」
 好きな人、という言葉に棘があったのは気のせいではないだろう。渡してしまってさっさと部屋に戻りたい。クロノは箱を揺らして受け取りを催促する。ドアの隙間から放り込もうにも、トキネはクロノがそうすることを警戒しているのか、ドアをわずかしか開けていないし、隙間を塞ぐようにして立っている。
 トキネはわざとらしく尖らせていた口を戻して、視線を落とした。さっき見たばかりの、考えている表情だ。頭の回転が早いトキネは、考え込む顔をクロノに見せることが少ない。それだけで悪いことをしたような気持ちになる自分を、クロノは奮い立たせる。
 トキネは上目遣いにクロノを見た。
「お兄ちゃんは好きな人いる?」
「……トキネに関係ないだろ」
「教えてくれたっていいじゃん」
 むっとした顔をしたトキネに対し、クロノは突っぱねるつもりで息を吸ったが、ケンカしに来たわけではないことを思い出し、吸った息をため息に変えて吐き出した。
「……いない」
「わたしもいない!」
 なぜかうれしそうに言ったトキネは、ドアから身を乗り出した。
「じゃあ、付き合う人数の中央値って知ってる?」
「……知らない」
「わたしも調べてない。へへ、データはあると思うんだけどね」
 何の話をされているんだろうと思いながら、クロノは一向に受け取ってもらえないコンドームの箱と、トキネの顔を見比べる。受け取る気がないのはともかく、機嫌が直ったらしいことには安心した。自分のせいでトキネが暗い顔をするのは嫌だった。
「お兄ちゃん、中入って」
 ドアを全開にしたトキネは、ぐいとクロノの腕を引いた。
「おい」
「いいから」
 部屋の中に引っ張り込まれたクロノは、ドアを閉めるトキネを見ながら考える。コンドームの箱を置くのは簡単になったが、代わりに自分の部屋に戻る難度が上がってしまった。
 通せんぼなのか違うのか、トキネはドアにもたれた。
「お兄ちゃんに言われなくても、セックスは好きな人とすることっていうのは知ってるよ。でも初めては特別だって言うでしょ。した後にその人のことを好きじゃなくなったら? したことを後悔しないかな?」
「……好きだったことが嘘になるわけじゃないだろ。それに……後悔しないことの方が少ないよ。トキネなら大丈夫だ、きっと立ち直れる!」
「なんでずっと好きでいられるって言わないの!」
「だって先のことなんか分からないだろ……」
 励ましたつもりが怒られて、クロノは肩を落とした。
「……学校で何かあったのか?」
 聞いてどうにかできる気がしなかったが、聞かずに先に進めそうにない。トキネは自分で答えを出せる子だ。友だちの相談に乗ったはいいが、アドバイスした内容が正しかったのか、不安になってきてしまったのかもしれない。クロノは石橋が崩れることを初めて知った人のように、おずおずと切り出した。
「何もないよ」
 トキネは笑いながら首を振ったが、クロノが納得していないのを見ると、見えない小石を蹴るように床を蹴った。
「……わたし、好きな人がいないんだ。さっきも言ったけどさ」
 ドアから背中を離したトキネは、クロノの手からコンドームの箱を取る。
「エッチなことに興味はあるんだよ。キスだってしてみたい。でも……好きな人って言われると分からない。家族や友達が好きっていうのとは違うんでしょ?」
「それは……そうだろ」
 クロノは「たぶん」とは口にしなかった。好きな人というものについて、そんなに厳密に考えたことがなかったからだ。ここでトキネを不安にさせることはない、と心の中で思うだけに留めた。
「お兄ちゃんはキスしてみたいって思う?」
 トキネの手がクロノの手を掴む。掴むと言うより、添えると言った方が正確だ。手のひらに触れる細っこい指先を感じながら、クロノは手を握り返すべきか決めかねた。
「わたしはお兄ちゃんが好き。これはずっと本当だよ。……そりゃあ、腹が立つこともあるけど、それでもお兄ちゃんが好き。お兄ちゃんが初めての人なら、絶対後悔しない」
 収まったはずの汗がまた出てきた。クロノは自分の予想が外れることを祈りながら、トキネの次の言葉を待った。
「お兄ちゃん、お願い……わたしとセックスして!」



「お兄ちゃんって結構筋肉あるんだ」
「それは……運動部だし」
 トキネはTシャツの下にブラジャーをつけていた。あれはブラジャーだよな、とクロノはタンクトップを半分にしたみたいな衣服を二度見してから、そっと視線を壁に移動させた。見てどうするんだ。
「なんでよそ向くの。見てていいよ。ほら」
「ばか言うな」
 視線に気づかれていたらしい。にやにや笑いながら目の前に回り込んできたトキネに背を向けて、クロノはズボンに手を掛ける。感覚としては何も起きていないし、目で見てもまだ大丈夫だ。妹の体に反応するなんて勘弁してほしい。
 後ろでトキネがベッドに乗ったらしい音が聞こえる。続いてした音は服を置いた音だろうか。
「……お兄ちゃん、こっち向いて」
 クロノがどぎまぎしながら振り返ると、下着姿のトキネがベッドに座っていた。ベッドに完全に乗り切るのではなく、投げ出した足先をベッドの端から浮かせている。子供の頃より背が伸びたせいか、肉付きの薄い手足が頼りなく感じる。
 トキネの背後。服を脱ぎだす前に閉めたカーテンに、隙間が開いている。
 クロノは脱いだズボンを二つ折りにして床に落とし、トキネの横に膝で踏み込んで、わずかに開いていたカーテンを閉めた。
 トキネの視線を背中に感じる。クロノは振り返ってトキネと目を合わせ、ベッドに腰を落としてあぐらをかく。覚悟と言うのだろうか。乗りかかった船。来るなら来い、という気持ちになっていた。
「……触ってもいい?」
「ああ」
 トキネの手がクロノの胸にぺたりと触れ、次いで腹に触れる。遠慮がちに触るせいでくすぐったくて、力が入る。わ、と短く上がったのは歓声だろうか。前を見るとトキネの胸を見てしまうから、クロノは斜め上の何もない空間を見た。
 筋肉なら腕や足の方がついているから、触りたいならそっちの方がいいように思う。そう考えたクロノは、一度トキネに目を戻して、腹を触っているトキネの意識がどこに向けられているのかに気づいた。一眼二足三胆四力。クロノは部活で培った状況判断力でもって、トキネが言い出しかねていることを、ついうっかり汲み取った。
「……見るか?」
「いいの!?」
「……ん」
 クロノがパンツのゴムを引いて伸ばすと、トキネは身を乗り出して覗き込んだ。
「わ、ほんとについてる!」
「……見たことあるだろ」
 小さい頃は一緒に風呂に入っていた。一人で入るようになってからも部屋は同じだったから、着替えは一緒だった。意識していなかっただけで、トキネがクロノの性器を見るのは初めてではない。
「あるけどさぁ。ね、触ってもいい?」
「……そっと触れよ。強く握ると痛いからな」
「うん!」
 虫かごの中身を見るようなテンションだ。クロノは最初に設定したやめどきがじりじりと後退しているのを感じながら、トキネがパンツの中に手を入れるのを許した。
「わぁー、やわらかい……」
「うっ……」
 最初は違和感。次にむずりと気持ちよさが、トキネの手を起点にして生まれる。
 だめだったか。クロノは気を紛らわせるために息を吸い、トキネの頭から目を逸らす。
 自分の部屋と対称の位置に置かれた学習机。本棚に並んでいるのは見覚えのある教科書の背表紙だ。中身はどうだか分からないが、クロノが学んだ二年前と変わっていないらしい。
 クロノの性器を触るトキネの手に、好奇心の分だけ力が乗る。無意識だろうか。それとも。いやまさか。
「っ、もうだめだ、離せ」
 至近距離で見上げてくる瞳。そりゃあ硬くなるだろ、と言い訳したくなるのを飲み込んで、クロノはトキネの肩を押した。この前掴んだアカバの肩とは全然違う、頼りない感触だった。
 クロノだって、セックスに興味がないわけではない。妹は無理だと思っているだけだ。なのに妹の手であっても、性器を触られれば気持ちいいのは誤算だった。もっと嫌悪感があってほしかった。自分で自分が気持ち悪い。
「わたしのも見せたげる」
 クロノが自己嫌悪に浸りきってしまう前に、引き下がり尻をベッドにつけたトキネは、自分のパンツに手を掛けた。ブラジャーの存在にうろたえたクロノが意識しないくらいの、柄のないシンプルなパンツだった。
「見える?」
 膝を外側に倒して、両手は腰の横に。窓の外の景色を共有するような調子で言われて、クロノはついトキネの股間に目をやる。
 自分の体と違ってつるりとした腹の下、見慣れないふくらみには桃色の割れ目がある。凝視しかけたクロノは、慌てて目を引き剥がした。
「何してんだ!」
「お、お兄ちゃんまで恥ずかしがらないでよ! 恥ずかしいことしてるみたいじゃん!」
 トキネの顔が真っ赤になる。家にいるときのトキネは、スカートを穿いているときであってもあぐらをかく。いつも何気なくしている姿勢で、恥ずかしいのだという顔をされると、クロノだって余計に恥ずかしくなる。
「おまえがそんな顔するからだろ!」
「だって!」
 このままだと怒鳴り合いになる。クロノは今日何度目になるか分からないため息をついて、あらぬ方向を見た。真っ昼間から二人して何をしているのだろう。体ごと横を向き、股間をぎゅっと握って隠す。
「いいからしまえよ」
「……もっとちゃんと見てよ」
「トキネ」
「変じゃない?」
 クロノがたしなめる気でトキネの名前を呼ぶと、妙に真剣な声で遮られた。クロノはトキネの方を見ないまま、ぶっきらぼうに答える。
「知るかよ……見たことないんだから……」
 視界には入っていないのに、トキネの表情が固くなったのを肌で感じる。トキネは頭がいいくせに――いや、頭がいいからか、答えが出せないと黙り込んでしまうところがある。
 クロノは眉間に皺を寄せて、もぞもぞしそうになる尻をベッドに押し付けた。
「個人差があるって習ったろ。大丈夫だ、変じゃない。…………かわいいよ」
「お兄ちゃんっ!」
「ぐっ」
 感極まった声が聞こえたが早いか、トキネに抱きつかれる。勢いがありすぎて痛い。お互いに何も着ていないせいで、くっついてくるトキネの体温がダイレクトに伝わってくる。振り払おうにも、変なところを触ってしまいそうで動けない。
「お兄ちゃん、チューしよ!」
「は!? なんだよ突然!」
 今泣いたカラスがもう笑うとはこのことだ。心底楽しそうなトキネは、クロノの抗議も意に介さず、クロノの膝に乗り上げた。
「いいじゃん。練習練習!」
「練習って、トキネ、おまえな……」
「絶対しといた方がいいよ。お兄ちゃんからね」
「なんで」
「お兄ちゃんだから」
 普段兄だからという理由では尊重しないくせに。
 クロノはトキネの言い分に反発心を抱いたが、ここで引き下がるのは、ただでさえない兄の沽券に関わるかもしれなかった。
 クロノは不服を訴えるためにしかめ面をしてから、好奇心を隠しもしないトキネの顔を見た。
「……目、閉じろよ」
「分かった」
 クロノは素直に目を閉じたトキネの顔を眺める。
 短い眉。丸い額。小さな鼻にふっくらした頬。明るい色の髪。兄妹なのに似ていないと言われたことしかないし、クロノの目から見ても、自分とトキネの顔は似ていないと思う。だからといって、かわいく見えるということはない。普通だ。普通に、妹の顔だ。
「お兄ちゃん、まだ?」
 ぎゅっと目をつぶったトキネが言う。そんなに一生懸命にならなくてもいいだろうに。トキネは常に全力だ。そういうところがすごいと思う。
「今やる」
 ただでさえ尊敬できない兄なのだ。ここは失敗できない。
 クロノはトキネの頭を掴まえて、目標までの距離を測る。正面から行くと、別段高いというわけでもないのに、鼻がぶつかりそうだった。ドラマや映画のキスシーンは恥ずかしくて見ていられなくて、こんなことになるなら、ちゃんと見ておけばよかったと思う。
 クロノは呼吸を整えた。鼻が当たらないように首を傾けて、トキネの顔に顔を近づける。トキネが息を吸って、止めたのが分かった。
「ん」
 今触れた柔らかい部分が、唇で合っているのだろうか。
 クロノが体を引いて目を開けると、トキネも目を開いていた。飴玉みたいにまんまるな目玉だ。それがぱちぱちと瞬いて、おもしろいものを見つけたときと同じようにキラリと光る。
「トキ――んむっ」
 嫌な予感が先か、トキネに顔を掴まれたのが先か、開きかけた口に唇を押し付けられて、カチリと歯が当たる。柔らかくて、生温かい。歯が当たった衝撃が収まれば、感触は先ほどと同じで、場所は合っていたらしいとクロノは思った。外れてしまった手をどこにやればいいか分からず、トキネの裸の背中を触ってすぐに離したクロノは、無抵抗に、むにむにと付いては離れるトキネの唇を受け入れる。
「……わたし、キスするの好きかも!」
 トキネはクロノの肩に手を置いて顔を離し、至極うれしそうに発表した。



 好きという言葉の通りに、トキネはキスに夢中になった。吸いながらすると音が鳴るという発見を共有されたとき、クロノもチューの語源を知ってなるほどと思ったが、だからと言ってそう何度も音を立ててくれなくてもいい。
「ん……ちゅ……む、はむ……」
 トキネは、ちゅ、という音を立てる合間に吐息を漏らす。ちゃんと鳴らせるようにするという、当初ですらどうかというような目的はとっくに失われて、クロノの唇を吸うトキネの瞳は、熱に浮かされたようにとろんとしている。
「お兄ちゃんもチューして?」
「うん……」
 トキネがずりずりと動くせいで、クロノの股間はすっかり勢いづいてしまっている。自分で触ろうにもトキネの体が邪魔をして触れず、また、そうすることが恥ずかしくもあったので、トキネにこすりつけるのをひたすらにこらえている状態だ。一度やれば、絶対に我慢できなくなる。腰を引こうにもトキネとベッドに挟まれて動けず、事態は悪化する一方だ。
「ん……」
 求められた通りにトキネの唇を吸うと、唾液でべたべたになっているせいか、最初にしたときとは全く違う、ぬるりとした感覚があった。味も何もないのに、なぜかもう一度試したくなる。手を回しているトキネの体が裸だということも気にならなくなっていて、むしろもっと肌をくっつけたい。
「……トキネ、あのな」
 ひとまずトキネの体をベッドに下ろそうとしたクロノは、続きを言うに言えなくなった。
 体を斜めにすることでトキネの体を膝からベッドに移動させ、それまでトキネを抱いていた腕を、ベッドについた。他意のないそれだけの動きで、互いの性器が、丁度いい位置に来てしまっていた。
 今までトキネが乗っかっているから動かしにくかった腰が、自由に動くようになっている。クロノは体重移動に気を取られていたせいで、無意識に腰を動かして、パンツの下の性器をトキネの割れ目にこすりつけていた。
「……っ」
 久しぶりに能動的に得られた快感。たまらず二度三度と動かすと、トキネが息を詰める。空気に触れたせいで濡れた感触が強まり、股間を確かめてしまったのは仕方のないことだと思う。
 蕾が開くようにほころんだトキネの割れ目に、パンツの布地を押し上げている自分の性器が、ぴったりとフィットしている。濡れた感触の原因は、パンツの色が変わるほどに染みた体液のせいだ。
 丁度いい位置にあるのは当然だ。そのためにある器官なのだ。クロノの本能の写し身の、そこに入りたいという主張も正しい。トキネの女性器は自分の手で触るのとは全然違う、どこまでも沈んでいけそうな柔らかさだ。
「お兄ちゃん」
「っ!」
 クロノは妹の声で我に返って、トキネの顔を見たことを後悔した。トキネが最初に何と言って部屋に来たのか、今この瞬間まで忘れていたのだ。
 クロノは爆発する好奇心で太陽フレアのようになっているトキネの目から目を逸らして、理性の糸を手繰り寄せる。トキネは妹だ。妹とセックスするなんて間違ってる。
 ずきずきと痛む股間に引きずられそうなクロノの背中を押すように、トキネの腕がクロノの背中に回る。ついでに足も絡められた。クロノが思い描いたのは、今見たばかりのトキネの顔ではなく、好きな人というのが分からない、と心細そうにしていたトキネだ。
「はじめてはお兄ちゃんがいい」
 聞こえた声も、普段より少し幼かった。



 案ずるより産むがやすしとは言うものの、全くスムーズにはいかなかった。
 まずコンドームをつけるのに手間取った。そこで既にめげそうだったから、続けられたのはひとえにトキネのおかげだ。トキネのせいだとも言う。
 トキネは入れる場所が分からないクロノと一緒になって膣口を探して、最初に見たときよりも色づいた小陰唇の中に、小さな穴を見つけた。触るとおしっこが出そう、とトキネが言った方はたぶん尿道口で、その上には突起もあって、クロノの印象としては「トキネの体は情報量が多い」だった。
 本当に場所は合っているのかとクロノが不安に思うほど、トキネの入り口は小さかった。指一本なら難なくぬるりと入れられたが、陰茎となると頭すら入らず、トキネも痛みがあるらしい。コンドームをつけるタイミングを間違ったかもしれない、とクロノとトキネは顔を見合わせる。
 どこまでなら入るのかを確かめるために、二本目の指を加えてみるが、それもなかなか入らない。クロノは親指よりは入れやすく、太い指である中指で中を探った。みっちりと肉が詰まっていて、ぬるぬるなのにざらざらしている。トキネに聞くと、触られても痛くないらしい。未知の領域だった。
 ひとまず指を二本、入るようにしようと試みるうちに、クロノはトキネが割れ目の上の突起を触っていることに気がついた。トキネはクロノが見やすいよう、性器に手を添えて広げてくれていて、トキネの手遊びが始まった瞬間は確認できていない。トキネの手の動きとトキネの内側の動きは、何となく連動しているようだった。
「トキネ……そこ、気持ちいいのか?」
「やっ」
 クロノが尋ねると、トキネは手を止めた。クロノの指を飲み込んでいるトキネの膣が、きゅうと縮こまる。顔を赤くして無言になったトキネに、クロノは慌ててフォローを入れる。
「おれもちんちん触ると気持ちいいよ!」
「うぅ……」
「おれ、そっちもやるよ。どう触ったらいい?」
「お兄ちゃんのばか。もういいからおちんちん入れてよ」
「それは無理だろ」
 クロノはようやく指二本が入るようになったトキネの性器を見る。薄いのか厚いのか判然としない粘膜は、クロノの指をきつく締めつけていて、下手をすれば裂けてしまうのではないか、と恐怖すら覚える状態だ。色が肉っぽいから余計に怖い。一方で、温かくてぎゅうぎゅうとした中は、陰茎を入れたらさぞ気持ちいいだろう、という想像を掻き立ててくる。
「大丈夫だよ、入るようにできてるんだから」
「でもな……」
 おまえが痛いって言ったんだろ、とはクロノは言わなかった。
 クロノが不安を乗せた眼差しでトキネを見ると、トキネは力強く頷いた。やるしかなかった。



「いっ……!」
 小さな膣口になんとか陰茎の頭を通した時点で、クロノにしがみつくトキネの緊張は最高潮に達していた。痛いと言えばクロノはやめる。そう分かっているからか、トキネは上げかけた悲鳴を最後まで言わず、喉の奥へと飲み込んだ。クロノもトキネの意を汲んで、止まりたい気持ちをぐっと堪える。
 トキネの両足を腰で押し分け、閉ざした中をずりずりと前進する。トキネの膣は見た目通りに狭くて、痛いくらいだ。全部は無理だ。クロノは先端がどこかしらに当たった気がした時点で、腰を動かすのをやめた。
「……トキネ、平気か?」
「はぁ……は……、……大丈夫……そのままでいて、動かないで」
「う、うん」
 クロノは痛みをやり過ごそうとしているらしいトキネの、汗の滲んだ額を撫でる。こういう時にどうすればいいのか、授業では習わなかった。転んで怪我をしたときのように、痛みが収まるのを待つしかないのだろうか。
 トキネはキスが好きだと言ったが、呼吸の邪魔になりそうで試行はためらわれる。気を紛らわせる方法を考えていたクロノは、トキネが性器上部の小さな豆のような部位を触っていたことを思い出し、記憶を頼りに右手を下げて、そのあたりを探った。まずはトキネの腹を触り、そこから撫で下ろして、無毛の双丘のはざまにそれらしいところを見つける。
 ぴくんと体を震わせたトキネが、ベッドについているクロノの腕を掴む。
「トキネ?」
「……」
 トキネは視線を戻したクロノの目を見て眉を寄せ、「不愉快です」みたいな顔をして、けれどもやめろとは言わなかった。ふいと目をそむける。
 ここかな、とクロノはトキネの顔を見ながら考える。
 とんとん、とタップして、トキネが気まずそうに目を泳がせるのを見て、突起全体を指で軽く押さえてみる。教科書には子宮とか卵巣とかの構造は載っていたが、この部分に関して構造の記載はなかったはずだ。名前は何だったか。
「触っても痛くないか?」
「……うん」
 ゆっくり、ゆっくり。クロノはトキネの手つきを思い出しながら、突起を押さえた指を揺らす。クロノの触り方でも気持ちいいらしく、トキネは熱っぽい息を漏らして、うるんだ目を瞬かせた。
 これくらいの力で気持ちいいのなら、強くするのはやめた方がよさそうだ。クロノはトキネの気持ちいい部分の範囲を確かめるべく、膨らみの端を求めて指をずらしていく。トキネがリラックスしているせいか、痛いくらいだった締めつけが緩んで、クロノ自身も気持ちがよかった。今ここで動きたいと思ったが、ぐっと我慢する。
「んっ」
 クロノの指がぬるりと滑り、トキネが上ずった声を漏らした。指先に触れる感触が、皮膚らしいものから、心持ちつるりとしたものに変わっている。
「ここ……」
 確信が持てないまま、クロノはトキネの分泌液にまみれた指で、トキネの先端のさらに先っぽを撫でた。どこを触っているのか目で見て確認したいが、体勢的に不可能だ。
「やだっ、お兄ちゃん! それやだ!」
「でもトキネ」
 クロノは困惑した。トキネの反応は、どう見ても気持ちよさそうに見える。触っているのは元々小さな突起の中の、ほんのわずかな部位だ。指の腹で引っ掛けるように触るたびに、トキネの中がきゅっと締まり、クロノの腰を挟んでいる脚もびくびくと震える。
「だめ、変なのくるから……!」
 動かないようにしているクロノの意志を無下にするように、トキネはクロノの首を抱き、足をぐっとクロノの腰に絡める。腕を下にやっているせいで逆につらい。トキネの力で折れることはないだろうが、へし折られそうになっている気分だった。
 でもたぶん、このまま触り続ければトキネはイける。この先の行為でトキネを気持ちよくできる気がしないクロノとしては、トキネが気持ちよくなれるなら果たしておきたかった。
「ごめん、トキネ、もうちょっとだから」
 クロノはトキネの陰核の、意図せずして露出した粘膜部分をくりくりと撫でる。耳元ではトキネの甘ったるい鼻声が断続的に聞こえて、耳よりもなぜか股間に響く。気持ちいいのだろうが、怖いというのも本当なのだろう。トキネが抱きついてくる力は強まる一方で、クロノは後でトキネに顔を引き伸ばされることを覚悟した。
「っ、くうぅんっ!」
 トキネは一際高い声を上げて、膣全体でぎゅうとクロノの陰茎を絞り上げてから、かくんと糸が切れたように脱力した。
 クロノもほっと息を吐いた。クロノの陰茎は気持ちいい感覚を与えられながら中途で放り出され、射精するには至れず生殺しだったが、始末を二の次にして、呼吸を整えているトキネの頭を撫でる。
「……やだって言った」
「聞いた。ごめん」
「……いいよ。気持ちよかった」
 クロノは言葉とは裏腹にむっとしているトキネの唇にキスをしたかったが、今すると噛みつかれるかもしれないと思い、噛まれる恐れのない頭だけを撫で続ける。 
「トキネは自分でするとき触らないのか?」
「さわ……る、けど、そこはなんか怖くて……あんまり」
「? イクまでやらないのか?」
「お兄ちゃん顔怖いよ。……もう動いていいから、その話はおしまい」
 女の子のオナニーは男の自分とは違うのかもしれない。
 トキネの拗ねた顔を見たクロノは、心のメモに書き留めた。



 少しコツが掴めたかもしれない。
 トキネを組み敷いたクロノは、どうにか滑らかになった動きを自賛した。最初はおっかなびっくり動いていたおかげで、陰茎が抜けてしまわないかの方が気になって、気持ちよさを感じるどころではなかったのだ。今はトキネの膣で陰茎をしごきつつ、トキネの反応を確かめる余裕があった。
「うっ……ふ……っ……くぅっ……」
 クロノが腰を振るたびに、トキネは声を漏らす。トキネの股間を触っていたときと比べると、気持ちいいというより、腹を押されたせいで息が押し出されているような感じだ。トキネの腹は見るからに薄いから、痛くないか心配だった。
「トキネ」
 クロノはトキネが握っているこぶしを開かせて、手を握る。トキネの手を握るなんて、トキネが一年生のとき以来だった。トキネも大きくなっているはずなのに、クロノも大きくなったものだから、小さい手だという印象は変わらない。
 トキネは首を横向けて繋いでいる手を見ると、クロノの方を横目で見て、にやりと笑った。もそりと手を動かして、指と指を組み合わせるかたちに繋ぎ直す。
「ひひ、恋人みたい」
「変なこと言うなよ」
 クロノは言いながらも手は解かずに、そのまま握ってやる。冗談のおかげか、苦しそうだったトキネの呼吸がいくらか和らいだ気がした。
 女性器はどれぐらいの長さがあるものなのか、クロノは教科書に載っていた図を思い浮かべる。今入ってるのが膣で、出口はなくて袋状になっているから、当たっている感じがする部分は子宮なのだろうか。分泌された体液によって滑りがよくなっているのに、陰茎を抜き挿しする時の抵抗はいつまでもなくならない。
「お兄ちゃん」
「うん?」
「……」
 クロノは呼んでおいて何も言わないトキネを見下ろして、快感のおかげで思考能力が低下しつつある頭で考える。恐らくトキネは、クロノが感じているほどには気持ちよくない。ならばトキネが気持ちよくなれる行動を取るべきだった。
 クロノはトキネの顔に顔を近づける。違うかもしれない、という考えが頭をよぎったが、トキネが目を閉じたのを見て続行する。
「んむ……」
 一方的にされてばかりだったキスを自分から。どうするのが正しいのか分からなくて、クロノは記憶を頼りにトキネの下唇を吸う。一度目と違って体を繋げた状態ではお互いに息が苦しくて、息継ぎのつもりが相手の息を吸ってしまい、余計に苦しくなる。
「……はっ、……ん……っ」
「ふぅ、っ……んっ……ん、くぅ……っ」
 苦しいのに気持ちがいい。一度顔を離してトキネの様子を見たクロノは、トキネの濡れた唇を見て、トキネが口に溜まったよだれを飲み込むのを見て、胸がいっぱいになった。繋いでいた手を離して、トキネの頭を腕の中に抱え込む。
「おにいちゃ……?」
 力が入っていないらしく、腰に絡んでいたトキネの脚は緩んでいた。なのにトキネの内側は今もきつくて、元々の狭さを思い知らされる。そっと。なるべくそっと。クロノはトキネの頭を抱き締めることで力を逃がしながら、目前に迫る射精に向かってスパートをかけた。
「や、ぁっ! んっ! お兄ちゃん、まって……!」
「ごめん……!」
 クロノは自分が口走った謝罪が何に対するものなのか分からないまま、薄い被膜越しのトキネの中に熱を吐き出した。押さえつけたトキネの体が、腕の中で魚みたいに跳ねている。押し寄せてくる「やってしまった」という感情は、一人でするときよりも大きかった。



「楽しかったね、お兄ちゃん!」
 クロノにドライヤーで髪を乾かされながら、トキネは上機嫌に言った。トキネの顔をまともに見られないクロノとは、大違いの精神力だ。慣れない姿勢を続けたせいで足が立たず、クロノに抱えられて風呂場に行ったことが、遠い昔のできごとのように思える。もっとも、そのときでもトキネの口は達者だったが。
 使用済みのコンドームは、ティッシュで厳重に包んでゴミ箱に捨てた。コンドームが入っていたパウチは、今度お菓子の袋にでも入れて捨てる予定だ。血のついたシーツは体と一緒に風呂で洗って、今は乾燥機の中で回っている。証拠隠滅は完璧なはずだった。
「トキネ、体は」
「だーいじょうぶだって。何ならもう一回できるよ!」
「それはいい」
 クロノはトキネからは見えないことをすっかり忘れて、本心から首を横に振った。
 トキネの股間から血が出ていることに気づいたとき、クロノはかなり慌てた。トキネの「ほんとだ。こりゃ痛いはずだ」という人ごとのような感想に怒って、なぜかクロノがトキネに慰められた。トキネは自分が怪我をすることに無頓着すぎる。確かめておけばよかったと後悔しても今さら遅い。
「……乾いたぞ」
 ドライヤーを止めたクロノは、トキネの髪に指を通した。ちゃんと乾いていると確かめてからもしばらく触って、それから手を離す。いつも通りならトキネは振り返る。そのときに、どういう顔をすればいいのか分からない。
「……もうあんな無茶するなよ」
 交わした約束は守らなければならない。クロノは出かかった謝罪を飲み込んだ。
「しないよ。大丈夫」
 振り返って「ありがと」と言ったトキネの顔は、なぜだかいつもよりも大人びて見えた。

投稿日:2024年5月19日
トキネと話すときのクロノの卑屈でありながらも少し雑な、優しいだけのお兄ちゃんじゃないところ好きです。