以下のものが含まれます。
- 合意の上での性行為
- 恋愛感情らしきもの
もう一回
「そう言うおまえこそ満足できとらんじゃろ」
「…………そんなことは、ない」
「本当に嘘が下手くそじゃのう」
アカバはスポーツドリンクをもう一口飲んでからキャップを締めた。
アカバもクロノも、トレーニング時の水分補給には粉末タイプを溶かしたものを飲んでいる。500mlのペットボトルというのはセックスをするときにしか登場しない代物だ。
「ほら来い。わしは構わん」
クロノと並んでベッドに腰掛けていたアカバは、改めてベッドの上に乗り上げた。
腰を支えるのに使っていた枕を端に追いやり、クロノが挿れやすいよう腰を上げた体勢を整える。恥ずかしいことを散々した後だ。乗り越えるべきハードルはとっくに地面にめり込んでいる。
「平気だ。もし足りなくても自分で始末できる」
未だベッドに腰掛けているクロノはちびりちびりと酒でも飲むようにペットボトルに口をつけて、アカバの方を見ようとしない。おかげでアカバは自分だけ盛り上がっているようでじわじわと恥ずかしくなってくるが、乗りかかった船だ。何としてでもクロノを振り向かせたかった。
アカバは四つん這いはやめにして、腕を枕に、脇腹をベッドにつけて寝転がった。クロノの汗で濡れた襟足を眺める。クロノはアカバの視線に気づいているようで、頑なに振り向かないくせに肩には緊張が見て取れた。
「据え膳食わぬは男の恥と知らんのか」
「……時代錯誤だ。おれは別に、射精だけしたいわけじゃないから」
「わしだって」
アカバはセックスとは別の興奮から声が大きくなりかけていることに気づいて、腹に力を入れてこらえた。
喜怒哀楽の哀が抜け落ちたようなやつ――というのが、クロノに歩み寄り始めた頃のアカバが、クロノに対して抱いた印象だった。
他人から聞く穏やかなクロノが別人に思えるほどに、アカバの知るクロノはよく怒る。アカバの血の気の多さも手伝って、ケンカをした思い出はワゴンで売れるほどにあった。今日だって、このまま行けば言い合いに発展するだろう。
――もっとおれの意見も聞いてほしい。
抜け落ちているとばかり思っていた悲しみの感情を、大真面目な顔でクロノから手渡された日、受け取ったアカバは投げ捨てることもできずに途方に暮れた。時間が止まったみたいな沈黙の後、絞り出したのは思い出しても自分らしくない「分かった」という言葉だったと思う。
アカバは深呼吸して、うつ伏せに寝直した。
意見の押しつけと譲らなさはお互い様だ。アカバの意見かクロノの意見かの二元論ではなく、対話してよりよい結論を求めていくというのは、日常生活でやるにはまどろっこしすぎる。
アカバは引き寄せた枕を顎の下に敷いて、口を尖らせながらもごもごと言った。
「……わしだって、おまえがわしをよくしたいと思う程度には、おまえによくなってもらいたいと思ってるんじゃ」
◇
「あ、は…………うぅっ」
アカバは涎だか何だか判らないものでじっとりと湿った枕に顔を伏せた。自分から言いだした手前、クロノに待てと言うことはプライドが許さなかった。
もう終わりにしたいと思っているアカバの心とは裏腹に、アカバの体はすっかり歓待モードでクロノの性器を食んでいる。感じ入ったアカバが締め付けを強めれば、クロノは切羽詰まったような声を漏らすが、それで気持ちよくなるのはクロノだけではない。同じだけ、いや、それ以上の快楽が自分に返ってくる。
クロノはアカバが狭めた内壁をこじ開け突き通し、馴染み切る前にまた去っていく。アカバに射精できるだけの体力はもう残っていない。半端に勃ち上がった先端からとろとろと勢いなくこぼれた精液は、シーツの染みを広げるだけだ。
寄せては引く波に揉まれて、アカバの自我はぐしゃぐしゃのシーツと同一化しつつあった。腰を掴んだクロノの強すぎる指の力が、かろうじてアカバを現実に繋ぎ止めている。
出したのに終わらないというのは、受け入れる側をやった三度目あたりで初めて経験した。今では慣れたような気がしていたけれど、こんなにもずっとずっと終わらないのは初めてのことだ。認めたくはなかったが、怖いとすら感じている。
「くろ、の」
アカバは靄がかかったような思考のまま、後ろの様子を窺った。首を持ち上げることすら億劫で、頭はすぐに枕に埋まってしまう。
クロノを呼んでどうしようという考えがあったわけではない。ただ、頭の中にある言葉を音にした。それだけだ。ぐぷぐぷという濡れた音を、枕に頬を埋めながら、枕に着いていない側の耳で聞く。
アカバの声が聞こえたのか、それとも別の理由か、クロノがアカバから自身を抜き出した。カリが縁を広げて抜き出るぬぽりという音が、耳ではなく体の内側から伝わってくる。喪失感を埋めようと内壁を絞り込んで、熱のない空洞に余計に寂しさが生じる。それが本来の状態だというのに。
腰を優しくベッドに降ろされて初めて、アカバは自分がとうに自力では体を起こしていられなくなっていたことを知った。腹とベッドに挟まれた性器はそれだけで気持ちよくなってしまい、どうにかしようと身じろげば、シーツに擦れた分だけ快感を生んだ。
「う、ん……ぅ……ッ」
「アカバ、ごめん、もう少しだから」
力の抜けた尻をむずと掴まれ割り開かれる。触れた空気に怯む間もなく、ぐっと押し付けられた熱塊が、アカバのほぐれきった後孔にゆっくりと押し込まれる。
「ふ……ぅっ……っ」
クロノの体温を背中に受けながら、アカバは息を吐いてクロノの熱を確かめた。硬く漲った男の欲望。人類愛じみた執着で誰も彼もを救おうとするあのクロノが、アカバ相手に興奮しているという証。
アカバが催促するまでもなく、クロノは律動を再開した。クロノが腰を振るたびに、アカバの性器はシーツに擦り付けられる。クロノの意思ではない、アカバの意思でもないところで、一番慣れ親しんでいる性感がアカバの意識を塗りつぶしていく。
気持ちいいのは後ろか、胸か、それとも男性器か。
自分本来の性器がどこなのかという認識が、アカバの中で曖昧になっている。そのくせ皮膚感覚は敏感になり、クロノの汗が背中に落ちたとき、蕩けた頭はそれすらも快感だと認識してアカバの腰を跳ねさせた。跳ねた腰を押さえつけるように、クロノがぴたりと股間を寄せる。
「――、――――?」
「かま、わ……んっ」
クロノが何か言った気がしたが、アカバにはもう意味をなす言葉としては聞こえていない。クロノが本気で嫌なことをするはずないという信用でもって応諾したが、クロノに伝わったかは定かではない。
クロノの性器が後ろを刺激する。奥までは入れず、浅いところばかりをこね続ける動きを短い間隔で繰り返されて、ぱちぱちと弾ける快楽にアカバは声を漏らした。寝ぼけたみたいな、自分が出している声だとすぐには気付けない高い声。
アカバが一瞬我に返ったところを狙ったのか、クロノが肩口に口づけた。強く吸われて、ちりちりした痛みに追い打ちをかけるように結合を深められる。
「あうぅぅうぅ……ッ!」
イキ続けているせいで射精した感覚もなく、アカバは痙攣するような震えでもって咥えこんだクロノの男根を締め上げる。アカバの太ももを挟むようにしているクロノの膝に力が入り、おぶさるようにアカバの背に倒れ込んだ。
満足そうなクロノの吐息を耳元で聞きながら、アカバは快感と入れ替わるようにして訪れる眠気に身を委ねた。
◇
暑い。重い。
目を開けたアカバは、寝転んでいるというのに起きた立ち眩みのような感覚に、一度目をつぶった。眠気はなく、吐き気もない。腰だけがずーんと重い。
アカバは再び目を開き、何事もないことを確かめてから、暑さと重さの根源であるクロノの腕を確認する。ほどこうとすると余計に強まる力に閉口して、子泣きじじいのごとく背中に張り付いているクロノの頭を手探りで揺すった。
「おい、起きるんじゃ。わしは抱き枕じゃない」
「……うん」
「クロノ」
首をひねって背後を覗き込んだアカバは、明らかに起きた顔をしているクロノを見て驚いた。
「なんじゃおまえ、起きとったんか」
「少し寝た」
「起きとるなら離れんか」
「……やっぱり聞こえてなかったか」
腕をほどいたクロノは起き上がり、ベッドを揺らしながら移動する。
「終わった後もくっつきたい」
「はぁ!? 出した後にそんなこと考えとるんか!?」
アカバの驚愕に、壁際に追いやられたペットボトルを取り上げたクロノは深々と頷いた。まさかの事態だった。
セックスをした後、飲み物を取りに行ったりシャワーの準備をしたりと忙しいのはむしろクロノの方だ。アカバは終わってしまえばさっさと次のことを始めたい性質で、クロノの切り替えの早さをありがたく思いこそすれ、その真逆の希望があるなどとは露ほどにも思わなかった。
「くっついたらしたくなるから、いつもは考えてない。でも今日はくっつきたい。……嫌か?」
「別に……嫌と言うほどではないが……」
アカバは重たい体を引きずり起こして、クロノが差し出すペットボトルを受け取った。この後に何という予定があるわけではなかったが、何もせずにただ並んで横になるというのは退屈だった。こうして起きてしまったからにはシャワーを浴びて、修行でも始めたい。腰の調子が許せばだが。
ぬるんだスポーツドリンクを飲んだアカバはキャップを締めた。
「テレビでも見ながらというのはどうかの」
「いいぞ」
「じゃあそれで。……なんか調子が狂うのう……」
ベッドの端まで滑って移動し、テレビをつけるべく立ち上がろうとしたアカバは、一歩も歩かないうちに腰を抜かしてへたり込んだ。自分の体に起きたことなのに状況が認められず、他人のものと挿げ替えられたように言うことを聞かない足を凝視する。
「ごめんアカバ、おれがやるよ」
軽やかにベッドを降りたクロノに抱えられ、ベッドの上に戻される。クロノは気まずそうでも満足そうでもない、倒れたコップを起こすような当然のことをするときの顔をしている。
「……クロノ」
テレビのリモコンを持って戻ったクロノの腕をアカバは掴む。
「三十分後、もう一戦どうじゃ」
「いいけど……大丈夫なのか?」
「構わん」
負けたようで気に食わない。
アカバの頭にあるのはそれだけだった。
- 投稿日:2024年8月13日
- 2022年10月号掲載の巻戻士データ名鑑のスタミナ5のクロノに夢を見ています。