泡沫の安らぎ

2025年7月号までの情報で書いています。性的要素を含みます。
元ネタはべ〜さんのツイートです。

「上手にイけたな」
 絶頂に震える耳朶を打った低い声。頭を撫でられる感覚が連れてきた、理由の分からない寂しさ。それが二度と会えない父に対する恋しさだと気付いたキンスケは、自分の背中を抱く5時ファイブオクロックから離れようと体をよじった。体に芯を通すように埋め込まれたものの感触が、今しがた己を忘我の境へと押しやった淫楽を思い出させてくるが、このまま安穏とぬるま湯に身を委ねていてはいけないのだ、と自らを奮い立たせる。
 この行為の始めは、弟を失った痛みに苛まれるキンスケを見かねた5時ファイブオクロックが声を掛けてきたことだった。酒を飲むというのも手だと言いながらセックスを推した彼の言い分は「ガキの体に酒は毒だ」というもので、役立たずの法律を持ち出さないあたりは信用ができた。巻戻士どもを排除するために、運命の日まで健やかでいる必要がキンスケにはあった。
「はな、せ」
「もう少しいいだろう」
 抱き込まれて、動いたせいで抜けかけたものを腹の中に押し戻される。なおも頭を撫でてくる手は、誕生日に帰れないことを知って拗ねる自分を宥める父の手つきに似ていて、記憶の波に飲まれそうになったキンスケは、滲んだ涙が粒になる前にベッドに顔を擦り付けた。
 5時ファイブオクロックのベッドは5時ファイブオクロックのにおいがする。
 キンスケの父は体臭が移るほどには家のベッドを使わなかった。母は父が帰る日には洗ってアイロンまでかけたシーツを用意していて、父と、ギンと、それから自分で、その布団に飛び込むのが楽しみだった。洗いたてのシーツの優しい匂いを胸いっぱいに吸い込んで、会うたびに色が黒くなる父親の腕の中で眠る。シャワーを浴びた父は制服に染み付いた潮風ではなく、石けんの匂いがした。
「……っ」
 止まる気配のない涙を察したか、それとも興が乗ったのか、5時ファイブオクロックの手がキンスケの前に回る。家族との触れ合いの中には存在しなかった感覚に、瞼の裏に浮かんでいた面影が揺らいだ。
「まだできるか?」
 肩口に無精髭が擦れる。尋ねるくせに手を止める様子はなく、形ばかりの気遣いを向ける身勝手さに文句が込み上げる。
「……できるに決まってる」
 吸った息が、震えていなくてよかったと思った。

投稿日:2025年6月18日
きっと来月になったら書けなくなるやつなんですよ。