よそのこ

 今何を見たのだろうか。
 大抵のことに動じないシライだったが、たった今見てしまった光景には動揺せざるを得なかった。
 クロノとトキネが、キスをしていたのだ。

 二人を焼肉に連れて行った帰りだった。
 いくらクロノとトキネからおじさんと呼ばれていようとも、シライもまだ二十六歳の若者だ。若者は焼肉が好きというのは偏見だと言い切れる程度に、好物はいくらでも思いつく。しかし、お祝いを兼ねてごちそうするにふさわしい、気取らず美味しく楽しく食べれらるものと言えば、焼肉だと思ったのだ。かつてゴローが「焼肉でいいか?」と、彼にしては珍しく遠慮を感じさせる口調で聞いてきた理由が、今さらながら実感できた。
 食べるペースの差異や好む肉の種類など、兄妹ってこんな感じなんだな――と、サンプル数としては些か心許ない感想を抱きつつ、シライはクロノとトキネの再会を祝う食卓のご相伴に預かった。全員が酒を飲まない食事はとんとん拍子に進むから、食後のシャーベットの器を空にしてもまだ名残惜しさがあったが、シライは先輩風やら兄貴風やらのありとあらゆる風を吹かせてクロノとトキネを先に行かせた。焼肉店はビルの一角にある。客層は悪くないエリアで、早い時間の予約なこともあり、酔客に揉まれる心配もない。若い二人を外で待たせることに不安はなかった。
 
 口付けは一回こっきりだ。
 シライの動体視力がなくとも捉えられるくらいの長さはあったが、居合わせた人間が困惑するほどねっとりうっとりしていたわけではない。伝言ゲームの答えを耳元で囁くくらいのちょっとの間、いかにも子供のいたずらのような短い時間だ。
「ん」
「おじさん! ごちそうさまでした!」
 トキネの勢いに負けて言葉を飲み込んだように見えたクロノは、むぐりと口を動かした。
「おじさん、ごちそうさまでした」
 飴玉。
 クロノの膨らんだ片頬と少しだけ舌足らずな声から気付いたシライは、レジで貰った飴が手の中にあることを思い出した。目にした光景が衝撃的すぎて頭から存在がすっぽ抜けていた、ちくちくと手のひらを刺す個包装を握り込む。三つあったが、目端の利くトキネのことだから、レジ前の小さなカゴに入ったそれを先に貰ったのだろう。
「トキネが、飴が思ったより辛かったって言うから」
 シライの凝視を問いかけと思ったか、クロノは答えた。シライはクロノが、今しがたのキスを説明の必要がある行為だと思っているらしいことにホッとする。
見んといたらよかったな、ミントだけに」

投稿日:2025年11月11日