望めないもの

「ヒロ」
「言わないで」
 きっぱりと告げるとベイマックスは沈黙した。部屋に訪れた耳が痛いほどの静寂に、ヒロは慌てて付け加えた。
「しゃべらないでっていう意味じゃないんだ。むしろベイマックスの声はもっと聞きたい」
「――何かお話しましょうか?」
 再び話しだしたベイマックスの声にホッとすると共に、これから始まる「話」の他愛なさを予感して苦笑する。
 ヒロはベイマックスらしい優しい話に相槌を打ちながら、手にしたチューブの蓋を開けた。普段使っている潤滑剤と比べると、舐めても無害だという以外に利点がないため、ほとんど出番がない工房の肥やしだ。「ヒロが小さいうちはずっとこれを使っていたんだ」と言う兄の声を思い出しながら、透明な中身を手のひらに絞り出す。
 たっぷりと出したそれを両手でこすり合わせて、37℃を保っているベイマックスの、人間で言う太ももの部分に塗りつける。瞬きするように動いたベイマックスの目が、塗りつけられた部分をスキャンする。
「ベイマックス、僕を見て」
 ベイマックスのスピーカーから解析結果が流れだすより先に、ヒロはすっかり硬くなった自身をベイマックスの太ももの間に押し当てた。

 柔らかい腹と両の太ももに挟まれたそこは、潤滑油のおかげでぬるぬると滑っている。自分の手でするよりも緩い。それでも、言いようのない満足感が胸を満たしている。快感に息を弾ませながら、ヒロはベイマックスの体に半ば埋もれるようにして腰を動かした。
「こんなの、おかしいって分かってるんだ」
「おかしなことではありません、ヒロ。マスターベーションを行うのは正常なことです」
「……違うんだよ、ベイマックス」
 予想通りの答えに、ヒロは首を振った。温かくて柔らかい「思わず抱きしめたくなる体」を抱きしめる。ベイマックスはヒロの背中に腕を回して、抱き返す。
 ベイマックスの体に顔を擦りつけながら、ヒロはもう一度「違うんだよ」と呟いた。
 それ用にAIを作ることはできる。けれど、欲しいものはそれではなかった。

投稿日:2015年1月8日