雨の日
議論に熱中していて気づかなかった。
ふと外を見た晋作は、地面を叩いている大粒の雨に目を丸くした。空白になった頭の中に、まるでドラムロールのような雨音が満ちる。
「すごい雨ですね」
同じように庭先を見た桂の声は、今の今まで気づかなかった晋作の反応をおもしろがっているようにも聞こえた。
「どうしますか」
「……いや、このまま帰る」
晋作は、前に急な雨に降られたときに夕餉まで世話になったことを思い出していた。幼少の頃からあれこれと世話になっているのだから今更の遠慮とも言えたが、大の男が濡れることを厭ってずるずると他家に居座るというのも変な話だ。遠慮か分別か。それを天秤にかけて、晋作は後者を取った。
「そうですか」
どうするかと尋ねたときの柔らかな微笑を崩さず、桂は言った。幼なじみの勘で不自然さを感じ取った晋作だったが、その原因を突き止める前に、桂は「では玄関まで見送りましょう」と手元の本を閉じてすくと立った。
「晋作」
軒下に立って借りた傘を広げたとき、戸口に残った桂に声をかけられる。肩越しに振り返ると、桂はさして寒い時期でもないのに手を袖の中に隠していた。
「いつでもいいので返しに来てくださいね」
晋作はにこにことしている桂を見てから、借りた傘を見上げる。雨足は傘が破れないかと不安になるくらいに強い。
「おう。寒いからもう入れよ」
「はい」
やけに素直に返事した桂を不思議に思いながら、晋作は土とは呼べないほどにぬかるんだ道に足を踏み出した。
- 投稿日:2017年1月29日