はじまりの
聖闘士が二人揃って転倒するという世にも稀な、そして間抜けな光景は、幸いにも互いの他に目撃者はいなかった。つまずいた星矢に押し倒される形で石の床に尻をついたサガは、自分が起き上がるためにまず星矢を起き上がらせようとして、思わず声を漏らした。
「これは……」
「へ? あッ、うわっ!」
触れた感触、そして、目をやった先の星矢のズボンの窮屈そうな様子。
「……すまない」
「サガ!?」
失言を悟ったサガは、顔を真っ赤にして離れようとする星矢を抱きすくめた。今を逃せば修復が難しくなる、と思ってのことだったが、そのせいで状況がより厳しいものになった感は否めない。落ち着くため、そして落ち着かせるため、星矢の体に回した両腕に力を込める。
サガの思惑通り星矢の抵抗は小さくなったものの、腕の中でなされるもぞもぞとした居心地の悪そうな身じろぎは、落ち着きとは程遠い。直に伝わってくる心臓の鼓動と体温を感じながら、サガは言い聞かせるように言った。
「お前くらいの年なら無理もないことだ」
聖闘士としての責務に年齢は関係ないとはいえ、星矢が十三歳だという事実は揺るがない。肉体的にも精神的にも成長期を迎えている今、ふとしたことが刺激になってしまうのは仕方のないことだった。厳しい修行に明け暮れ、数々の修羅場をくぐり抜けた後の小康の中とあっては尚更だろう。サガは柔らかな少年の心を傷付けないよう、慎重に言葉を選んだ。
「私はお前の成長を嬉しく思う」
サガの言葉を聞いた星矢は、ぴたりと動きを止めた。
「……違うんだ、サガ」
ぐいと腕を突っ張って距離を開け、俯いたまま絞り出すように言う。
「違うんだ」
もう一度言って、星矢はぐっと顎を上げた。幼さの残る顔立ちの中で存在を主張する、意志の強さを伺わせるしっかりとした眉毛が難しげに寄る。据えられた目は、揺らぎを見せつつも、逸らされることはなかった。
「俺、サガが好きだ」
射抜くような眼差し。放たれた言葉。サガは小さく息を呑んだ。
「こんな状態じゃ説得力ないだろうけど、でも俺はこういうことだけでサガが好きって思ってるんじゃなくて、その……本当にサガのことが好きなんだ!」
「星矢……」
「……もっとちゃんと言うつもりだったんだぜ」
弁解のように付け足して、星矢は項垂れた。
サガは星矢の視線が外れたことに少なからず安堵したが、同時に、その安寧に身を委ねていられるほどの余裕がないことも理解していた。どう答えることが最良かを思案しつつ、拒絶する気はない、そのことを示すために、力なく落ちた星矢の手に触れた。
「お前の気持ちは分かった。少し……考える時間をくれないか」
星矢の頭がかすかに動いたことを承諾と見て、サガは続けた。
「そのままにしておくわけにもいかないだろう。私の部屋を貸すから、収めてくるといい」
恐る恐るといった様子で顔を上げた星矢は、サガと目が合うと、弾かれたように顔を背けた。何やら言い淀んでいる星矢をひとまずは開放してやろうと、サガがその手を離した時、今度は星矢の手がサガの手を握りしめた。
見ながらしたい、という星矢の願いを断ることを思いつかなかったほど、自分は動揺していたらしい。
星矢をベッドに上がらせ、自らもその縁に腰掛けたサガは、彷徨いそうになる視線を壁の一点に打ち込みながら、糸を手繰るように精神の統一を図っていた。元より何もしていないという状態そのものが苦手である。どうしても拾ってしまう声を、いつからか湿り気を帯びたものに変わっていた摩擦音を、聞こえていないことにするには限界があった。
いっそ仕事でも持ち込めばよかったか、と思いながら組み直した手には、じとりとした汗がにじんでいた。耐えられないことが耐え難い。そう感じていたサガは、自分の名を呟く星矢の声が聞こえたとき、救われたような気持ちになった。
「わ、悪い」
「いいや」
呼ぶ気はなかったのだろう。サガが振り返ることを恐れるような星矢の慌てた声に、サガは壁の方を向いたままで、構わないと首を振った。
もう一度意識を集中させようと目を閉じたその時、星矢の声が、今度は明確に己を呼んだ。
振り返ることに原因の分からない躊躇いを覚えながら、サガは首だけを星矢に向けた。
視界に入った星矢の顔には、焦りと不安がありありと浮かんでいた。
「その……いけないんだ……」
緊張と焦りから生まれた悪循環から抜けだせずにいたのだろう。諦めることを知らない少年の、ほとんど泣き声に近い声と縋るような瞳。そちらに行ってもいいか、という問いに星矢が頷くのを見て、サガは足首に巻いたサンダルの留め紐に手を掛けた。
目の前にさらけ出された星矢の雄は、色や形に幼さが残っているものの、勢いという点では成人のそれにはないものがあった。星矢の羞恥心を慮るのならば、あまり見ないでやるべきだろうが、そうもいかない。サガは拳が震えるほどにシーツを握りしめている星矢をあえて無視して、収まる様子のない熱の塊に手を伸ばした。
「……っ」
「ここを剥いたことはあるか?」
ぴくんと跳ねた陰茎を包むように手を添え、少しだけ顔を出している粘膜の手前を親指で撫でて示すと、星矢は何のことか分かっていない顔で首を振った。そうか、と短く答えて、サガは星矢と正対していた状態から腰の位置を後ろに下げ、伏せるように頭の位置を低くした。怯えたように見つめてくる星矢に言う。
「痛むかもしれない。その時はすぐに言いなさい」
先端を、啄むように口に含める。不思議と嫌悪感はなかった。
「えぇえっ!?」
素っ頓狂な星矢の声が頭上から降ってきたが、サガは構わず舌を動かした。
舐めるたびに塩気を含んだ味が口中に広がり、自然と唾液が溢れてくる。びくびくと震える幹を扱き、新しく湧き出たカウパー腺液と唾液を混ぜて、亀頭を覆う皮にまぶしつける。歯を当てないよう気をつけながら、徐々に大きくなる星矢の吐息を追っていくうちに、手の中の熱がむくりと質量を増した。
咥えたまま視線だけを上げると、星矢は真っ赤な顔で唇を噛みしめながらも、吸いつけられたように目を逸らさなかった。混乱を湛えた瞳の中に、ちりちりと焦げるような火が透けて見える。
星矢の目に、自分がどう映っているのか。想像したサガは、ぶわりと顔が熱くなるのを感じた。見ないで欲しい、と場違いな望みを口にする代わりに、ぎゅっと強く目を閉じた。
手を滑らせるだけでちゅくちゅくと音が立つペニスを上下に扱き、微かに感じるくびれをひねるように擦る。包皮と粘膜の隙間、覆われている分だけ敏感な場所を舌先で探ると、星矢の体が分かりやすく反応した。
剥くこともできるが、このまま射精してしまえるのならば、今は無理に剥かないほうがいいだろう。サガは一旦星矢のものから口を離して、口の中に溜まっていた唾液を飲み込んだ。はくはくと動く割れ目を見て、息をつく。新しい空気を吸い込んで頭が切り替わってしまう前に、と、もう一度星矢のものに顔を寄せた。
「あ、ッ!」
手の中にある性器の震えを感じ取った瞬間に聞こえた、上擦った声。声の主を見上げたサガは、ぱたぱたと落ちてくる温かな液体を顔に受けながら、ぼんやりと瞬いた。光に並ぶ速さを持つ黄金聖闘士にはそぐわない、鈍すぎる反応だった。
「ごめん! かけるつもりはなかったんだ!」
「……大丈夫だ星矢、慌てなくていい」
濃いにおいと、くてりとしぼんだ星矢のもの。現状を把握したサガは、慌てふためいている、今まで見た中で一番すまなそうな顔をしている星矢を宥めた。視界を妨げている、精液を含んで重くなった髪を手で除けながら体を起こす。
「洗えばいいことだ。気にすることはない。それよりも、出せてよかった」
「ああ、うん、おかげさまで……」
サガが言うと、星矢は照れ臭そうに視線を下げて頬を指で掻き、ありがとな、と短い礼を口にした。明後日の方向を見て、サガの顔をちらりと見て、ムズムズと口元を動かしながらまた目を逸らす。何か言いたいことがあるのか、とサガが考えかけたとき、星矢は顔を伏せたまま、置いていた衣服をむずと掴んだ。
「ええっと、俺、行くな」
「待つんだ、星矢」
サガははっとして、ぎこちない動きでベッドから降りようとする星矢を呼び止めた。
「そのままだと気持ち悪いだろう。私も湯を使うから入って行きなさい」
「…………」
「へ、平気だぜサガ。今度はちゃんと自分でできるって」
サガは再び頭をもたげた星矢のものを見て、己の愚鈍さを呪った。少しの刺激で呼び起こされる。若さとはそういうものだと、先程実感したばかりではないか。ましてや自分は星矢の想い人なのだ。今日明かされたその事実については疑問ばかりが浮かぶが、そういうことになってしまっているのだ。好意を抱いている相手に性器を触られて、しかも直前まで性行為に類される行為に及んでいて、反応するなと言う方が無茶だ。風呂に入ったときに剥いて洗う、そのことをただ伝えたいだった、というのは言い訳にしかならない。
「そんな難しい顔しないでくれよ。本当に大丈夫だからさ」
恥ずかしいだろうに、健気にも自分を気遣う星矢の姿に、サガは抱きしめたいような愛しさが込み上げるのを感じた。
どういう形であれ、慕ってくれる気持ちに応えたいと思うのは、間違ったことだろうか。ふっと湧いた考えを肯定しかけては否定し、また肯定する。
「……サガ?」
「すまない、考えごとをしていた」
不安そうにした星矢に、サガは何でもないと首を振ってみせた。わずかな時間であったはずだが、この状況では長く感じられたことだろう。二十八年間生きた自分と十三歳の星矢では、そもそもの時間の感覚も異なるのだ。
いずれは己の傍から去ってしまうだろう星矢に、先輩としてしてできる限りのことをしてやりたい。サガは逸る心を鎮めながら、星矢の真っ直ぐな瞳を受け止めた。
「見えるか、星矢」
星矢に尻を向ける形でベッドに膝をつき、体を片肘で支えながら上半身を後ろにひねったサガは、背中側から回したもう片方の手で尻の肉をぐっと開いた。後ろにいる星矢の目が、自分が指した場所に注がれていることを確かめる。
「ここに――お前のものを入れるんだ」
手本を見せるように、自らの秘所に指を挿し入れる。既に経験したことではあったが、星矢の目があるのとないのとでは感覚が全く異なった。サガは湧き上がってくる恥ずかしさを堪えつつ、指二本程度ならば抵抗なく受け入れられるまでに解したそこを、ゆっくりと捏ねた。
内外を濡らした潤滑剤が、ぬちぬちと粘り気のある音を立てる。とんでもない痴態を晒している自覚はあった。羞恥を通り越して、恐怖に似た感情が、胸を焼いていた。
星矢が求めている自分の姿はどういうものか。この行為は正しい選択なのか。当て所なく巡り出そうとしたサガの思考は、星矢の手が尻に当てられたことで歯止めがかかった。
尻たぶに食い込む指の力、手のひらの熱さ。指を抜き、両肘をベッドについて備えたサガは、尻の谷間に擦り付けられた硬い感触に、目の奥に焼き付いている星矢のものを反芻した。
期待――サガの胸を占めているものは、紛れもなくそれだった。
「入れる……な」
言葉のあとに、ゆっくりと、自分のものではない体温が、知らない形が押し入ってくる。痛みはない。その代わりに訪れた胃の底が震えるような違和感を逃がそうと、サガは星矢に気付かれないよう静かに息を抜いた。
「うわぁ……」
星矢は感嘆めいた声を漏らすと、感触を確かめるように、小さく腰を揺すった。
思いもよらない場所を擦られて、サガの後孔が反射的に締まる。異物を押し出そうと蠕動したそこをさらに、星矢のものが掻き分ける。自分のコントロールの外にあるものが、自分の内側に存在している。その事実を思い知らされて、サガは喉の奥で呻いた。
「サガ、痛い?」
サガの喉から漏れ出た声を拾った星矢は、心配そうに尋ねた。
「いいや、大丈夫だ」
「もし辛かったら言ってくれよ。サガはそういうの言いたくないかもしれないけど、でも」
「本当に問題ないんだ。ただ……少し、驚いただけだ」
勝手が分からない。サガはそう言ってしまおうかと考えて、思い直した。ひっそりと呼吸を整えて、星矢に不安を与えないように、平常通りの声を出すことに努める。
「私の心配はしなくていいから、まずは自分が気持ちいいように動いてみなさい」
わずかな沈黙の後、意を決したように星矢の手に力が入れ直される。腰が控え目に引かれ、そして進められる。遠慮がちな動きを何度か繰り返すうちに、暗闇で手探るように小さかったストロークが、だんだんと大きなものに変わっていく。
星矢が動くそのたびに与えられる、予想のつかない不規則な刺激。常に擦られ続けている入口が、星矢の熱を分け与えられたように少しずつ、熱を帯び始める。ぐちゅ、ぐちゅ、と最初よりも水気を増した音が体の内側から響いて、サガは奥歯を噛んだ。気を抜けば、みっともない声を上げてしまいそうだった。
「サガ、も」
「っ!」
前に回された星矢の手が、サガの陰茎をやわく握った。抵抗する間も与えられず、動き出した星矢の手に促されるままに高められていく。
「……ぅ、く……」
知らないではない快楽と、いくらか崩れたリズムで与えられる未知の感覚。押し寄せる感情の波を振り払おうと、サガは首を振った。ぽたりと落ちた汗がシーツに染みを作った。
自身が、星矢が触る前から反応を示していたことを、サガは知っていた。肛門への刺激で性感を得ている、と認識したことで、ぐずりと溶け出した意識。男としての欲に触れる星矢の手はあくまで優しく、物足りなさから、浅ましく擦りつけてしまいそうになる腰を押し留める。達するには足りない分の快楽を、どこから補うか。答えは決まっていた。
「あ、サガ、それっ……!」
うねるように絡みついた内襞に、星矢は声を上げた。一瞬引けた腰が、もう一度押し込まれた。求められている。そう感じた心を勘違いだと断ずるような余裕はもう、サガにはなかった。星矢が手を離したことで陰茎への刺激はなくなったが、腰を押さえつける手と、ひたすらに突きこまれる昂ぶりが、ぞわぞわと背筋を震わせる感覚を快感へと繋げていく。サガ、サガ、とうわ言のように繰り返し名前を呼ばれるたびに、頭の中が白く弾ける。シーツを握った拳に、サガは額をすりつけた。
気持ちいい。
その言葉を明確に思い描いたとき、星矢の体が崩れるように重ねられ、腰を一際強く押し付けられた。背中にかかる熱い吐息。ぶるりと震える体。
「星矢」
出していい。気持ちを込めて、名前を呼んだ。
内側に、勢いよく放たれる精液。自らは達さないままに、サガは充足感を噛み締めた。
ちょん、と正座した星矢の頬を、サガは苦笑しながら手で挟んだ。
「私が言い出したことなのだから、お前が気に病むことはない」
だって、とでも言いたそうな星矢の目を見つめ返してから、額に口付ける。しっとりとした汗の香りは行為の余韻を感じさせたものの、いやらしさはまるでない。唇を軽く触れさせただけで体を離したサガは、嬉しさ半分、不満半分、といった面持ちの星矢の髪を梳る。地面に手をついて謝る勢いだったというのに、心地いいまでの素直さだ。
「時間をくれるという約束だったろう」
答えを告げた時に初めて、恋人としてキスをしよう。拗ねるように尖らせられた星矢の唇に触れてみたい気持ちを胸にしまって、サガは星矢に向かって微笑んだ。
- 投稿日:2014年10月14日
- 井ノ上さんと話している時に興味があるカップリングの話になり、星矢×サガはあり! と思って書いたんですが、後で聞いたらサガ×星矢の話でした。