Legend of Sanctuaryがベース。アイオロスが絶命せずに城戸邸に保護されたという設定。

共寝

「アイオロスと一緒に寝たいわ」
「なりませんア――沙織お嬢様。私は男です」
 女神の――沙織の寝室の前。袖を引かれ膝をついたアイオロスは、求められた事柄に困惑を浮かべた。
「なぜ? おじい様も男よ」
「それはそうですが……」
「男と女ではダメなのなら、アイオロスはおじい様となら寝るの」
 幼さゆえの真っ直ぐすぎる反論に口ごもり、助けを求めて沙織の背後に立つ光政を見上げる。アイオロスの視線を受け止めた光政は、しばらくその様子を微笑ましげに見ていたが、やがて沙織の元に屈むと、細い肩に手を置いた。光政を振り返り、その視線を追って再びアイオロスを見る沙織の肩口で、艶やかな亜麻色の髪が揺れる。
「沙織、アイオロスの目を見なさい。アイオロスもこちらを」
 動揺したアイオロスを押し留めるように、光政がやや強い声で言う。
「そのまま五秒間、お互いの目を見るんだ」
 ぱちりと瞬いた大きな瞳が、じっと己の目を覗きこむ。蛇に睨まれた蛙とは女神に対して甚だ失礼な表現だったが、アイオロスの気分はまさにそれだった。カウントすることも忘れて、その場から逃げ出さないことのみに神経をすり減らす。光政が終わりを告げた時、小さく息を吐くに留めたのも偏に忠誠心のなせる技だった。
「どうだい沙織、ドキドキしたかい?」
「……分からないわ」
「いいかい沙織。肉親以外の男との共寝は、お前がドキドキできる相手としかしてはいけないものなんだ。アイオロスが断った理由は、いつかお前がそういう人に出会った時に分かるだろう」
 不満気な顔をした沙織の肩を押して、光政は部屋に入るよう促した。沙織は口を尖らせながらも、横目でアイオロスを見上げ、光政の顔を見て「おやすみなさい、おじい様、アイオロス」と言って、部屋に入っていった。

 ドアが閉まって初めて、腰でも抜かしそうな脱力の仕方をしたアイオロスを見て、光政は面白そうに聞いた。
「ドキドキしたかい?」
「とんでもないです。押し潰されそうでした」
 女神の目を直視するなんて、こんなことでもなければできたものではない。止まったようだった血の流れがようやく正常に戻るのを感じながら、アイオロスは身を起こした。既に歩き始めている光政の後を追う。
「そうだ、アイオロス」
 角を曲がったところで立ち止まり振り返った光政を向かえる形で、アイオロスもぴたりと足を止めた。
「私の目を見てくれないか」
「光政様……ここは……」
「誰も通らんよ」
 一歩、間合いを詰める光政から距離を取ろうとして、そうすると沙織の部屋に近づいてしまうことに気が付き踏み止まる。戻ったばかりの血が、今度は沸騰しているように熱い。
 光政が、自分が俯けた顔を上げることを待っている。注がれる視線を痛いほどに感じながら、アイオロスはまだ顔を上げかねていた。
「六秒だな」
「え?」
「五秒見つめ合うと言っただろう。君がこちらを向くまで増やしていこう。七」
「待ってください」
 顔を上げたアイオロスは、光政の目を見据えた。眉に力はろくに入らないから、睨んでいるように見えないよう気をつける必要もない。人の悪い笑みを恨む気にはなれず、数度瞬いてから「カウントを」と口にする。
「交互に数えようか」
「……はい」

 最後の一秒が、やけに長く感じた。もう目をそらしてもいいはずだったが、アイオロスは光政を見つめたまま言った。
「お部屋に伺っても構いませんか」
「構わないが、私も男だ。保証はできないよ」

投稿日:2014年12月2日