植物園

 顔を薄衣で撫でられたような感触と、直後の張り付くような不快感。
 雨に気づいたヘリオスは眉を寄せながら空を見上げて、ぶち当たったガラスの天井から、自分が植物園にいることを思い出した。
 室内なのに、雨。置かれた状況を整理するよりも先に、上から声が降ってきた。
「すみません!!」
 声がした方――見上げた天井よりやや右手――に目をやると、熱帯雨林エリアのシンボルツリーでもある大樹の上に、ヒトの姿が見えた。
 なぜあんなところにヒトが。
 ヘリオスが目を凝らした途端に、掻き消えるように姿が消える。同時に始まった大ぶりの葉がザワザワと擦れ合う音。木を降りているのだと察したが、移動速度は落ちているのかと思うほど速い。
「申し訳ありません! 確認を怠りました!」
 通路に飛び出してきた女は勢いよく頭を下げた。
 作業用のつなぎに、グローブ。明らかに子供用だろうデザインのじょうろはさておき、出で立ちから植物園のスタッフであることが見て取れる。
「誰もいないと思って……ああいえ、関係ないです、不注意でした。ごめんなさい。あっ、そうだ、タオル! ダメだこれ雑巾だ。あーと、事務所に新品があるので来てください!」
「いや……」
 矢継ぎ早に繰り出される要領を得ない言葉の奔流を聞きながら、ヘリオスは手の甲で顔をぬぐった。不快感こそあれど、わざわざタオルで拭くほどの濡れではない。
 不意に汚れをかぶる不愉快さは、ロックマンの王を決める戦いに参加して以降、慣れざるを得なかったものの一つだ。現に水が掛かった不快感は既に、ヒトと話すことの煩わしさに変わりつつあった。
「構わない」
 話を打ち切ったヘリオスは、頭を下げながら道を空けた女の脇を抜けた。
 当初の目的は植物園に隣接する博物館だった。同エリアにある遺跡の出土品が主な展示物で、研究機関も兼ねている。モデルVの影響で遺跡が浮遊し始めなければ足を運ぼうと思わない、みすぼらしいと言ってもいいような施設だ。臨時休館の看板を前にして、空手で帰るのも癪で植物園に入ったが、やはり計画外の行動などするものではない。
 最短距離で出口に向かうつもりだったヘリオスは、しかし、三歩と行かないうちに後ろを振り返った。
「……博物館の開館日はいつか分かるか?」

「お力になれず申し訳ありません」
「いや、これでいい」
 ヘリオスは受け取った遺跡の地図――わくわく子ども発くつたい!――を畳み直してポケットに仕舞った。
 博物館の館員達が総出で調査に出てしまったために、開館日は二日後だという。来館者は地域の子どもが学校から来るか、週末に近場の住民が来るくらいなために、ほとんど影響はないらしい。
 遺跡が浮かび始めた理由を、モデルVの影響だと知るヒトは少ない。表向きは原因不明の異常事態で、民間人の立ち入りが制限されているはずだったが、どこにでも現れるハンターに加えて研究者もいるとなると、想定したよりも面倒事が多い可能性があった。
「……二日後なら、館員は皆博物館にいるのか」
「はい。今回の調査の報告はまだ先になりますが、今までの研究の話でしたらお聞きになれます」
 研究に興味はない。必要なのは遺跡の雑音の除去だ。
 ヘリオスは水をかぶせてきた時とは打って変わって落ち着いた受け答えをする女を横目で見て、余計なことは口にせず、頷くに留めた。

投稿日:2022年10月11日
Twitterで里芋さんのヘリオス夢を拝見しているうちに自分でも書いてみたくなったので挑戦したんですが……ヘリオスで恋、難しすぎませんか?