花が似合う男

 訪れた客の邸で庭の梅の見事さに触れたところ、帰りに渡されたのだと蘭太は言った。元々甚壱の部屋に生けてあった紅梅と調和が取れるよう、器を替えて生け直された白梅は、付書院の明かり障子を透かして注ぐ柔らかな光を受けながら、ほのかに甘い香りを漂わせている。客を入れない居室に飾るには華やかすぎると思いながら、甚壱は正面に座る蘭太に視線を戻した。
「俺に花を持とうと思うのはお前くらいだ」
 茶を運んできた女と並べると肩が広くなったと思うが、一人だけで見るとまだ子供に見える。差し上げたい、と梅枝を見せてきた時の笑顔など、拾った棒を見せる犬を連想したくらいだ。
「花はお嫌いでしたか?」
「好きでも嫌いでもない」
「そうでしたか。子供の頃に花や月を見に連れて行ってくださったので、甚壱さんは風流なものがお好きなのだとばかり」
 甚壱は蘭太が当然のように言う「子供の頃」という表現におかしさを感じたが、決して口には出すまいと、口を塞ぐ代わりに茶を啜った。
「招待状をもらうからだ。好きなわけじゃない。あの時は付き合わせて悪かったな。退屈だったろう」
「そこまで覚えていないんですよ。退屈そうでした?」
「いいや。大人しくしていた。ぐずってくれてもよかったんだがな」
「どうしてですか。困るでしょう、そんなの」
「食事会の後を断るためにお前を借り出したんだ。もっと早く帰れるなら願ったりだった」
 身も蓋もない発言だったが、事実だった。愛想のなさは折り紙付きのはずが、直毘人は他家との顔つなぎの役を甚壱に振ったのだ。嫁の口になりそうな年頃の男がいいと言うなら、売るほどいる自分の息子に行かせればいいというのに。嫌だと言える立場なら甚壱だって断りたかった。なし崩しにできた実績のおかげで、娘を紹介されるような年齢はとうに過ぎた今でも、他所との折衝は甚壱の役割になることが多い。
「近頃お呼びがかからないのはそういう訳ですか」
「楽しみにしていたのか?」
「いいえ。ただ思っただけです」
 もし蘭太がここで楽しみにしていたと言ったのなら、甚壱は観桜でも観月でも何でも手配しただろう。蘭太と二人で出かけたのは随分前になる。仕事の報告を含まない近況を、ゆっくり聞いてみたい気はしていた。
「今も招待はあるが、お前を連れたくない」
「そんなこと言わないでくださいよ。ちゃんと大人しく待ちますし、中座して帰れるよう連絡を入れさせることもできますよ?」
 ふざけて言ったのだろう案は魅力的だったが、甚壱は首を振った。
「お前を婿にやりたくない」
 誰目線ですかと言って蘭太は笑ったが、甚壱は大真面目だった。蘭太は言伝を持つだけでない用を足せるようになったのだ。先入観のない人間からすれば、きっと梅枝を持たせたくなる良い若者なのだろう。禪院家との繋がりを持ちたい家の者に引き合わせれば、袖を引かれ通しになるのは明らかだ。話だけで済むところに、優秀な血を差し出す必要はない。
 湯呑みを茶托に置いた蘭太は、甚壱の肩越しに梅を見る。
「甚壱さん、花柄の着物をお持ちではありませんでしたか?」
「花柄?」
「はい。花菱のような文様ではなく、花そのものの……女性の着物のような」
 自信がないのか、蘭太は言っている途中から困った顔になった。
「梅と甚壱さんを拝見していて思ったんです。あまりにお似合いになるので」
 花を似合うと言われたのかと、甚壱は驚き蘭太を見返した。蘭太は自分の発言の不自然さに気づかないらしく「勘違いかもしれません」と弁解した。問題はそこではない。
 蘭太は覚えていないと言うが、会に連れて出た蘭太がどうしていたかを、甚壱は覚えている。直哉などと違って改まった場に出る機会があまりないからか、挨拶こそ折り目正しく行うものの、花を見るために顔を上げ続けるのが恥ずかしいらしく、ずっと甚壱を目で追っていた。常になく姿を整えていたからか、いざ相手をしようとすると知らない人を見るような顔をされたことまで思い出して、甚壱は回想を打ち切った。
 花と甚壱を、セットで覚えているのではないか。
 背後の床の間を見てから甚壱は腕組みをしたが、ふと浮かんだ記憶の断片を追いかけた。花柄。赤か、黄か、色は定かではない。まだ若い頃だ。かぶくというと時代錯誤だが、派手な柄の着物を作らせたことがある。甚壱としては滝が主のつもりだったが、蘭太は一緒に描かれた牡丹の方を印象に残しているのだろう。
「……あったな」
「ありましたよね!」
 ぱっと顔を明るくした蘭太が次に言うことが予想できて、甚壱は眉間にしわを寄せないよう身構えた。
「もうお召しにならないんですか?」
「残念だが手元にない」
「そうですか……」
 持ち物に頓着しないせいで、家を探せばありそうなのが嫌なところだった。しゅんとした蘭太の様子は哀れを誘ったが、甚壱はどうすることもできないという態度を貫いた。あるかもしれないと言えば蘭太は探させてほしいと言うだろうし、見つけたが最後、若気の至りを再現させられる。仕立て直して蘭太にやるのでは済まない。
 甚壱が茶を飲み干すのを見て、蘭太は居住まいを正した。
「そろそろお暇します。お時間をいただきありがとうございました」
「……もらい物の最中があるが、持って帰るか?」
「いいんですか? ではお言葉に甘えていただきます」
 わらしべ長者だと笑いながら最中の箱を携え帰った蘭太に、甚壱は後日買い物へと誘われる。呉服店の主人に見守られながらあれこれと反物を当てられて、鏡の中にいる鶏の目を睨みながら、あの時探しておけばよかったと後悔したのはまた別の話だ。

投稿日:2022年4月29日
蘭太は子供の頃から甚壱が好きです。着せようとしているのは伊藤若冲の『紫陽花双鶏図』のような柄だと思っていただければ幸いです。