付き合わなかった話

「甚壱さん、ここのお酒お好きでしたよね。季節物が出ていたのでよかったら」
 土産を手に部屋を訪ねてきた蘭太を見て、甚壱は表情を動かさないように努めた。蘭太から寄せられた好意に応えられないと答えたのは先月の半ば、丁度一ヶ月前だ。
 受け持っている業務の都合、蘭太の行き先は知っていた。仕事をする上では関連がないため考えていなかったが、確かに同じ市内に蔵元がある。こちらではあまり出回らず、前に飲んだのは蘭太のいる席だったか。好きだと言ったことすら忘れていた。
「わざわざすまないな」
「甚壱さんにはお世話になっていますから」
「それが俺の役割だ。気を遣う必要はない」
 広いとはいえ同じ敷地の中、同じ集団に属しているとなると、どうしても関わる機会は多くなる。気まずくなることは分かっていただろうに思いを告げた勇気と、支障をきたさないよう平常通りに振る舞おうとする健気さは、掛け値なしに好ましい。
 甚壱は受け取った酒を片手に提げ、自分とは対称に人好きのする微笑みを浮かべた蘭太の顔を見た。
「一杯付き合わないか。長寿郎にもらったさいぼしがある」
 一瞬嬉しそうな色を満面に浮かべた蘭太だったが、はっとした様子で慌てて頭を下げる。
「申し訳ありません。お気持ちだけいただきます。……お酒をお持ちするのも、本当は迷ったんです。でも目がなくなった途端にお土産一つ買ってこなくなるなんて、下心満載だったみたいで恥ずかしい気がして」
「俺の方こそ考えが足りなかった。すまない」
 考え足らず。紋切り型の謝罪だったが、正しくその通りだ。いくら蘭太が平静を装っているからといって、軽々しい誘いなど口にするべきではなかった。今まで蘭太が見せてきた親しさは恋慕から来たものだ。その情を受け入れないのならば、付き合い方自体を改めなければならない。
「甚壱さんでもそういうことあるんですね」
 再び顔を上げた蘭太は、気の利いた冗談を聞いたとでもいう風に軽く笑った。朗らかな表情を作る素早さが、却って無理していることを際立たせる。
 一礼して、踵を返す。廊下を歩いていく背中は、清々しいほどまっすぐに伸びていた。

 術式を次代に遺すことは、有用な術式を持って生まれた男の義務だ。蘭太を抱けるか抱けないかの二択ならば、抱けると答えられる。必要とあらばいつだって役立てる。注ぐ先に胎が備わっていようとなかろうと、やることに違いはなかった。
 しかし蘭太が望んでいたのはそういう欲得ずくの関係ではない。蘭太が欲しがった真心など、今の自分に備わっているかも分からない。そんなものを必要とする関係は、とうの昔に結ばなくなっている。
 甚壱はグラスを満たしている、蘭太が買ってきた酒を口に運んだ。甘さを感じる穏やかな香りが鼻に抜け、酸味が消えた後にうまみが舌に残る。好きな味だった。ぬる燗で呑むのもいいかもしれない。この季節のものというだけあって、これからの時期にとても合う。
 楽しみ方は考えつく。二口目を飲みたくもなっている。それでもなぜか、前に飲んだときより味気ない気がした。

投稿日:2021年10月3日
ここから付き合うルートに入ってほしいです。
知人に甚壱の好きなお酒を考えてほしいと頼んだら『まんさくの花』『飛露喜』が返ってきました。甚壱の見た目から、香りと色に特徴があるという理由で選んだそうです。好きなお酒じゃなくてイメージ酒だよそれ。ありがとう。