嘘つき

「俺はお前を最優先にしてやれない」
「構いません。俺もそうです」
 深刻な表情をした甚壱に、蘭太は笑って言った。
 きっと甚壱よりも、そして自分の想いよりも禪院家を優先する時が来る。予感ではなく確信だった。子を成せない以上、この付き合いはいつかは終わる。誰かに言われてするのではない。自分の意思で、次に伝える方を選ぶのだ。
 手持ち無沙汰になってしまうのが怖くて、湯呑みの底に残った最後の一口が飲めない。蘭太は甚壱の中にある答えが自身の望んだものであることを喜びながら、それが言葉となって出てくるのを待った。
「……蘭太」
「はい」
「よろしく頼む」
「ありがとうございます」
 蘭太は湯呑みを置いて頭を下げる。
「不束者ですが、よろしくお願いします」
 顔を上げると、蘭太が頭を下げている間じっと視線を注いでいた甚壱が目をそらした。庭を見たのかと思ったがそうではないようで、目線が泳いでいる。
「どうかされましたか?」
「いや……いいものだと思った。それだけだ」
 自分の顔を見てくる蘭太を横目で見て、また庭に戻す。
「甚壱さん、もしかして照れてます?」
 甚壱の人との距離の取り方を見るに、あまり好まれないかもしれないと思いながら、蘭太は前に手をついて甚壱の顔を覗き込んだ。一見嫌そうな、長らく甚壱を観察していた蘭太の目には戸惑いと分かる表情で、甚壱が蘭太の方を見る。蘭太はふざけすぎないよう、控えめに手を振った。
「甚壱さんのですよ」
「そうか」
「はい」
 このまま畳み掛けたら難なく押し倒せてしまいそうだ。
 蘭太は浮かんだ妄想を胸にしまって畳から手を離し、膝を折り直すと、置いた湯呑みを手に取った。
 ちょうど一口分。気持ちを落ち着けるにはいい量だった。

投稿日:2022年4月27日
真希に拘束を解かれた時、蘭太は甚壱が振り返ったことには驚いていなくて、蘭太にとって甚壱は振り返るような人だったんだと思うと、普段どういう人だったんだろうかと気になります。