気を許す

「そういや俺、旦那に髭がないとこ数えられるくらいしか見てないわ。こんなに会ってんのに。ちゃんと連絡してんだからさぁ、たまには剃って待っててくれてもよくねぇ?」
「ぼうぼうになっていたこともないだろう」
「それはそうだけどよ」
 輝利哉様の護衛の時だろ、お館様の一周忌と、煉獄の三回忌と、あと炭治郎が――と槇寿郎の顔に髭がなかった日を指折り数えていった宇髄は、槇寿郎が自分と会うために髭を剃ったことがないことに気がつき唖然とした。
 目は口ほどに物を言う、という言葉通りの押し付けがましさで見てくるものだから、槇寿郎は口をへの字に曲げた。
「茶請けは用意してやっている」
 槇寿郎はもてなしとして菓子を出されればもちろん食べるが、自ら好んでつまむ性質ではない。こうして茶請けにあられを出すのは、宇髄の来訪に備えているからに他ならない。漬物や佃煮を出すことも多かったが、それは宇髄が辛党なためであって、決して食事の用意を流用する横着をしているのではなかった。
「それはそうだけどさぁ」
「……一体何が不満なんだ。俺が多少無精していようが君に不利益はないだろう」
 伊達男という言葉がよく似合う宇髄なら、場に合わせる以上の必要性もあるのだろうが、と考えた槇寿郎には、残念ながらそんな気遣いは全くなかった。先程宇髄がつらつらと挙げたような機会には整えている。それで十分だと思っている。
「だっておもしろいだろ。洒落っ気のない旦那が、俺がいないときに俺のために身繕いしてんの」
「妻が三人もいる奴が何を言うか。菓子を食わん俺が直々に茶請けを選んでやってるだけで我慢しろ」
「このあられ旦那が選んでんの?!」
「なんだと思っていたんだ」
「適当に買ってこいって人に頼んでんのかと」
「……君が食うのを見るのは楽しい」
 へぇ、と澱みのない目を注がれて、槇寿郎は居心地悪く茶をすすった。
「じゃあさ、俺が髭剃らせてって言ったら剃らせてくれんの?」
「別に構わないが。……物好きだな。面倒は自分の分だけで十分だろう」
「えっ」
 宇髄があまりにも驚いた顔で見るものだから、槇寿郎は何かがおかしかったらしいと思って頭の中で今の会話を反復したものの、思い当たるところがない。若い者の言葉遊びは分からん。そう結論づけて、もう一度宇髄を見る。
「もしや冗談か? それならすまないな。俺はそういう話に疎い」
「いや、全然、本気の話。俺は旦那の髭剃りたい。でもさ、旦那こそいいのかよ。顔に刃物だぜ?」
「耳やら鼻やらを落として福笑いに使われるのでないなら構わん。どうせ人と会う用事もそうない」
「失敗はしねぇよ。刃物の扱いはお手の物。元忍、元柱なもんで」
「では何が問題なのだ」
 訝しげな目をする槇寿郎に、宇髄はふるふると首を振った。
「何も。なぁんも問題ない。任せてくれよ」

投稿日:2021年4月27日
更新日:2023年3月18日
改題(旧題:ひげそり)