朝食、寝坊、米不足

 突如視界を満たした光に仰け反った星矢は、勢い余って椅子ごと後ろに倒れた。後頭部を強かにぶつけて、視覚に起因するものとは別の、チカチカと明滅する光に目を瞬かせる。
「座学にもそれくらいの危機感を持って臨んで欲しいものだな」
 サガは手のひらに纏わせていた光を、水滴を払うように手を一振りすることで霧散させた。何のことないような軽い動作だったが、放出するつもりで練り上げた小宇宙を収めることは、振り抜くつもりで繰り出した拳を途中で止めることと同じように難しい。
「ご飯のこと考えると止まらなくなっちまったんだよ」
 サガが冗談を言うタイプではないことを知っている星矢は、鼓動と共にどっと巡りだした血を感じつつ、椅子を起こした。開かれた本のページには、稲作の行われる地域が地図と共に載っている。
「食事を抜いたのか?」
「飯はちゃんと食ってるぜ。でもほら、聖域って基本的にパンだろ」
 家庭というものに縁のない星矢だったが、星の子学園はカトリック系でありながらも食事といえば和食だったから、ご飯といえば白ご飯という意識があった。聖域の食事には米料理もあるにはあるが、いずれも星矢の求める「ご飯」には当てはまらない。
 星矢が語る米に対する熱い思いをどう受け止めているのか、サガは本を片手にしたまま、遮ることもなく耳を傾けている。星矢が余計に腹が減ったことを自覚してきたところで、サガは口を開いた。
「私の仕事が終わってからでよければ日本まで送ってやろう」
「本当かよ!」
「米を買えればいいのだな? 少し遅くなるが、時差を考えると丁度いい時刻だろう」
 喜ぶ星矢の頭から水を被せるように、サガは星矢の目の前にみっしりと文字が羅列された一枚の紙を差し出した。
「七割できればよしとしようと思っていたが、事情が変わった。全問正解のみを合格とする」
「俺……聞いてないぜ……」
「抜き打ちなんだから当然だ。その代わり、参考書の類は見てもいい。私用で聖域を抜け出すためにしては、安い条件だろう?」

   ◇

 名前を呼ぶ声と揺すられる感覚にうっすらと目を開けると、眩しい光が目に入った。思わず布団を頭上まで引き上げた星矢は、慌てて布団を跳ね除けた。
「俺寝坊した!?」
「そうだな。よく眠っていた」
 おかしそうに笑うサガを見て、瞬に言われた「星矢の寝相はおもしろいよね」という言葉を思い出す。そこまで変な顔でもポーズでもなかったはずだ。たぶん。
「昨晩は遅かったのだから仕方ない」
「サガだって同じだけ起きてただろ」
「私は慣れているからな」
 両手で顔をこねくり回してうろたえる星矢の胸の内など知らないように、サガは足早に部屋の出口に向かった。開けたままのドアに手を掛けて振り返る。
「ごはん、炊けているぞ」
 ドアが閉まる瞬間に、ふわりと甘い匂いが鼻を掠めた。

投稿日:2014年11月19日
Twitterでお題をいただいて書いたもの