寒い日

「寒くないのか」
 今にも降り出しそうな雪雲の下を素足で歩くシャカに、アイオリアは問いかけた。
 ケープのように肩上から垂らされた布は風が吹くたび揺らめいて、防寒としては心許ない。夏の最中ならば涼しそうと言えた動きの少ない表情も、今はとても寒々しく思えた。それでも見た目にシャカが寒さを感じているとは思えなくて、吐く息の白さに、シャカも体温のある生き物だと知る、それがやっとだ。
「寒い」
 はぐらかされるか、否定されるかするだろうというアイオリアの予想は外れ、シャカは苛立ちすら感じさせる語調で、切って捨てるように返した。よくよく見てみれば、オレンジの入った紙袋を抱えている手は、袖の中に仕舞われている。はたはたと風をはらむシャカの衣服は、寒い時期には不向きだろうに、主義なのか何なのか、服装を改めたところを見たことはない。
「ジャムにするために果物を求めるというのも、おかしな話だと思わないかね」
「食べてしまったのだから仕方なかろう」
 アルデバランが遠征先でもらったという木箱いっぱいのオレンジは思いの外甘く、余った分はジャムを作って保存しようという目論見は見事に外れ、誰が言い出したか、材料となる果物を買い求めることになったのだ。たまたま身が空いていたアイオリアは帰り道に、茶葉を買ってきたというシャカと鉢合わせた。アイオリアの手には今、シャカが持っていた茶葉とマンダリンの入った包みがある。
「いい香りだな」
「……そんなに匂うか」
 同じように果実を持っているアイオリアの鼻は、香りよりも先に冷気を感じていた。
「五感の一つを絶てば他の感覚は研がれる。きみも試してみるかね?」
「断る」
 予感というより確信に近いものを持って、アイオリアはシャカの誘いを断った。先に、アルデバランにオレンジを届けた後は、シャカのところでジンジャーチャイを飲むという約束をしてしまっていた。訪ねる予定を作ったことに後悔はないが、できることなら何事も無く終えたかった。
「試したくなったのならいつでも言いたまえ。きみの望みならば付きあおう」
「……その言い方はよせ」
「今日は寒いな」
 シャカが呟いた声に引き寄せられるように、雪が降りだした。

投稿日:2014年12月16日