繋げる縁

 ハンター稼業を営むヒトの多くは「訳アリ」だ。真っ当な生活をやめて夢を追わずにはいられない、何かしらの理由がある。一代で地位と財を築き上げたセルパンの後追いという世間の評は必ずしも間違いではなかったが、それが全てだというわけでもない。危険を冒してアウターに出るに至る事情は、ヒトの数だけ存在した。
 そんなハンター達ですら、アッシュの生い立ち――イレギュラーの襲撃から一人だけ生き残っていたところをハンターに拾われたという話――を聞くと、一様に痛ましげな顔を見せる。これからミッションに向かう際、あるいは束の間の休息時間に交わされる、武勇伝や失敗談が入り混じった自己紹介。高揚した空気が、聞かれるままに自分の話をした途端に辛気臭いものになる。だからアッシュはその話をすることが好きではなかった。

「ねぇモデルA、アンタも気にしていたけど、血が繋がってるってそんなに大きなことなの?」
 寝心地こそベッドに劣るものの、一人の野宿は気楽でいい。熾き火をつついて整えながら、アッシュはモデルAに問いかけた。一度ディアバーンにトランスオンして火をつけようとしたことがあったが、危うく山火事を起こしかけて以来、従来通りの方法に落ち着いている。
 アッシュは黙りこくっているモデルAを横目で見ると、それ以上の追求はせずにザックから朝食を作るための調理器具と食材を引っ張り出した。といっても湯沸かし用の手鍋と、りんごとパンという調理の必要のないものだけなのだが。

「……なぁアッシュ、アルバートが言っていたことが本当なら、アッシュの親のどっちかもオイラでロックオンできるってことになるよな」
 モデルAが再び口を開いたのは湯が沸き立ってからだった。鍋の持ち手に手を伸ばしかけていたアッシュはかすかに躊躇ったが、すぐに何でもなかったように鍋を手に取った。
「まだ考えてたの? アンタ案外真面目なのね。雑談なんだから気にしなくていいのよ」
 自分で蒔いた種ではあるが、あまり好きではない話題だ。粉末飲料を入れたマグに湯を注いだアッシュは、気乗りしない顔で斜め上に浮かんでいるモデルAを見上げた。
「アッシュは親の顔を覚えてないんだよな。じゃあイレギュラーが襲ってきた時、アッシュは赤ん坊だった可能性が高いわけだ。赤ん坊が自力で動ける範囲なんかたかが知れてる。アッシュを拾ったハンターは……」
 元々ヒトのような感情表現をするモデルAだったが、自らの考えに熱中してしまうところを見ると、アルバートの言った「計画のバックアップ」という出自が怪しく思えてくる。とはいえ流石に状況を察したのか、モデルAは「ごめんよ」とすまなさそうに言って高度を下げた。本題を話せておらず消化不良であるらしいことは、表情というものを備えていなくとも伝わってくる。
「いいわよ。付き合ってあげる。これを飲み終わるまでだからね」
 モデルAに向かって軽くマグを上げる。モデルAはまるで口ごもるように沈黙していたが、飲み終わるまでと言ったくせに飲み物に口をつけもしないアッシュを見て、諦めたように話しだした。
「……イレギュラーは適合者を識別できるんだ。アッシュの親もオイラで変身できるのなら、生きている可能性はゼロじゃない。アッシュを拾ったハンターは、本当にアッシュの親のことを何も知らなかったのか?」
 アッシュはマグを傾けて、ごくりと大きく飲み込んだ。それから脇に置いていたパンを手に取ると、マグの中身に浸してかじる。咀嚼する間、アッシュが飲み込むのを待っているらしいモデルAを上目遣いに見ていたが、急いだりはせずに、パンを手にしたままもう一度マグに口をつけた。
「アタシは肉親を知りたいと思わないわ。……だいたいねぇ、唯一の血縁であるアイツを見て、親を知りたいなんて考えると思う?」
「うっ……」
 冗談めかしたアッシュの指摘に思うところはあるらしく、モデルAは今度こそ口ごもった。突きつけられたマグを避けるように動いていくと、アッシュのポシェットに音もなく着地した。
「アタシが悪かったわ。本当にちょっと気になっただけなの。アンタがそこまで考えるとは思わなかった」
「ひどい言い草だな。オイラ結構気を遣ってたんだぜ」
「考えようによっちゃアタシとアンタも親戚ってことになるわよ。嫌な縁だけどね」
「そんな繋がりがなくともオイラ達は仲間じゃないか!」
 モデルAという名前の由来がアルバートであることは気にかかっているポイントらしく、モデルAは必死さの伺える声音で否定した。その様子があまりにも哀れで、アッシュは声を上げて笑った。
「そういうこと。……まったく、お腹が空いてる時に込み入った話なんかするもんじゃないわね。さっさと食べて、次のお宝探しに行きましょ」

投稿日:2015年5月14日
更新日:2017年5月7日
小ネタとして出したものに加筆。最初はモデルAの「アッシュの親のことを何も知らなかったのか?」で思わせぶりに終わらせていたのですが、後々アッシュは気にしなさそうと思い付け足しました。