街角にて

 カウンターの上にトレーを置き、スツールに座ってから取り出した端末に何の通知もないことを確認する。入れ替わるように立ち上がった隣席の客から舌打ちが聞こえて、ムッとしながら顔を上げた俺は唖然とした。目が合った隣の客――プロメテは、さも忌ま忌ましそうに顔を歪ませていたが、何を言うでもなくそのまま立ち去ろうとする。
「待……」
 声を上げかけた俺は、今叫べば店内の注目を集めてしまうことに気づき思いとどまった。万一ここで戦闘にでもなったらどうする? 昼時は外れているとはいえ人のいるファストフード店、犠牲は計り知れないし、人前でロックオンする訳にはいかない。
 スツールから滑り落ちるように立ち上がり、ホットドッグのトレーを畳んでポケットに入れる。断熱機能がまるで機能していない熱いカップは持っていられるだろうか。トレーを返却台に載せることは忘れなかったが、もうこの店に行ける気がしなかった。

「何の用だ」
 走って追いかけたプロメテは、予想外なことに逃げもせず、かといって立ち止まりもせずに、隣に並んだ俺を鬱陶しそうな目で見た。変身していないところは初めて見る。意外に普通だなと思うと同時に、向こうがこちらの顔を覚えていたことが驚きだった。
「……」
 なぜ追いかけてしまったのだろう。考えてみれば返せる言葉はなかった。今ここで戦う理由はないし、モデルVから手を引いてくれと頼む無意味さは分かっている。とっさに追いかけてしまったとしか言いようがない。プロメテはどこかに向かっているのか、撒こうとしているにしてはしっかりとした足取りで歩いている。横断歩道で信号を待っている様子なんか、意外すぎて思わずじっと見てしまった。
「そこの公園にでも行ったらどうだ」
 手の中のカップは熱いし、ポケットに入れたままのホットドッグの安否も気にかかる。挙動のおかしい俺を案じたわけではないだろうが、プロメテは今しがた通り過ぎた後方を指さした。こんもりとした広葉樹が立ち並ぶ向こうには、噴水とベンチがあるはずだった。休日には屋台が出ていることもあるが、今日の気温だとせいぜいランニングをしているヒトがいるくらいだろう。
 そうじゃなくて。顔を戻すと、プロメテの姿は消えていた。

投稿日:2016年11月23日