小旅行

 まず足元の柔らかさが不審だった。目に映る景色も可視領域の切り替えを考えるほどに薄暗い。居を構えている研究所も明るくはないが、それにも増してとなると、日が昇りきっている時刻としては不自然だ。
 パンドラは目の前にプロメテの背を認め、一応の安心を得る。
 プロメテが武器を取り出したのはそんな時だ。大鎌の刃が放つ光が知らない部屋を浮かび上がらせる。壁際に積み上げられた大小様々な箱に、細々した物が散らかった床。窓らしきものはブラインドで閉ざされている。
「動くな」
 プロメテの、自分ではない誰かに向けられた警告を聞いたパンドラは視線を戻した。
「勘違いするな。俺たちは戦いにきたわけじゃない」
 驚いているらしい相手の声には聞き覚えがある。最近の記憶だ。プロメテの口ぶりからしても、知っているというのは勘違いではないようだ。
「パンドラ」
「……入力は間違っていない」
 プロメテの問いにパンドラは答えた。プロメテに続いてトランスサーバーに乗ったが、習慣として確認した転送先に間違いはなかった。なぜこんな場所に転送されたのかは分からない。入力ミスでないとすると何らかの障害、もしくは妨害が起きているのだろう。
 パンドラは首を傾けてプロメテが対峙する相手を見る。知った顔――モデルZXのロックマンだった。ヴァンの背後に転がっている枕と半身にかぶさったままの布団を見て、立っている場所がベッドだと理解する。プロメテに鎌を突きつけられ動けずにいるようだが、意識は枕元にあるライブメタルにあるようだった。
「戦う気はない……買い物に来ただけ……」
 戦闘になると面倒。そう判断したパンドラは、プロメテの発言に補足した。

 トランスサーバーの転送障害を知らせるテロップは、ヴァンが家で確認したテレビだけでなく街頭の電子看板でも流れていた。しつこいくらいに繰り返される内容に飽いたのか、ヒトビトはテロップには目もくれずに通り過ぎていく。案内され辿り着いた街は曜日のせいか賑わっているとまではいかないが、商店を開けている意味がある程度には人通りがあった。
「本当に買い物に行こうとしただけなんだな?」
 行く予定だったショッピングセンターとは別系列の施設の名前を挙げ、次の角を曲がったところにあると言ってから、ヴァンは念を押すように言った。答えないプロメテに変わってパンドラは頷く。言っても信じないだろうし、プロメテも言うことを許さないだろうが、プロメテが武器を出したのは懐中電灯の代わりにするためだった。寝首を掻くつもりなら服装を改める必要は全くなく、むしろ普段の格好の方が好都合だ。また、ヴァンを今殺す予定はない。
 釈然としない顔のまま立ち止まったヴァンに合わせて、プロメテとパンドラも足を止める。疑わしそうな目を向けられても渡せるような判断材料は持ち合わせがなかった。
「俺はここで別れる。もう会わなくていいようちゃんと休んでくれよ」
 仕方がない、という感情を絵に描いたような顔でヴァンは言った。

 手すりに手を添え、吹き抜けから階下を見下ろす。駆けてきた子供がホールにそびえ立つバルーンアートの前で立ち止まり、後を追いかけくる大人に向かって何かを訴えている。店先から流れ出る軽快な音楽や色鮮やかな景色に浮き立つ心などなく、パンドラはぼんやりとした顔でプロメテの帰りを待っていた。あえて訂正しなかったが用があったのは店頭受け取りサービスで、買い物自体は既に済んでいる。ヴァンに案内された施設にはまるで用がなかった。
「ほらよ」
「……ありがとう」
 隣に戻ったプロメテに差し出されたアイスクリームは、看板にある写真そのままの組み合わせだ。プロメテはパンドラが甘いものを好きだと思っている。パンドラとしては甘かろうが辛かろうが、いっそ味付けがされていなかろうが抱く感情は変わらなかったが、変わらないのだから何も言わないことにしていた。何であれエネルギー源はあるに越したことがない。
「これからどうするの」
「……歩いてもいいが面倒だな」
「荷物……ヴァンに頼めばよかった……」
「そりゃあいい」
 手すりにもたれたプロメテは笑いながら湯気の立つドリンクカップを傾ける。パンドラはアイスクリームの一段目に取り掛かった。
 広い範囲で発生しているらしいトランスサーバーの障害は、アルバートの差し金でないとすれば原因を考えるだけ無駄なことだ。ヴァンの部屋に出たこともライブメタル同士が引き合ったと考えれば一応の筋は通る。
「戻るにしても時間がかかるな。最後に確認したポイントは覚えているか?」
「……あの場所が基準でいいのなら」
「構わん。言え」
 覚醒しそうなモデルVの候補地を挙げるべく口を開いたパンドラは、すぐそばを行き過ぎようとするヒトに気づくと、代わりにアイスを口にした。イレギュラーが発生している時と違い、平時の街は秩序立った動きをしない。ショッピングセンター内の混雑は街路と同じくそれほどではないものの、気にかかる程度の往来は常にあった。会話を聞かれて支障が出るとは思わなかったが、ヒトがいるというだけで口は重くなる。
「先に食っちまえ。時間はまだある」
 同じことを気にしているのだろう。プロメテはこういう時にしかしない笑い方をした。

 モデルVが眠る場所は現在地を出発点にするとどこも遠方で、回収のための転送がトランスサーバー同様に正常に機能しない可能性を考えると、本来の目的地であるショッピングセンターを経由してから研究所に戻るのが一番無駄が少ない。その結論に達してから経路を割り出すまで時間は掛けなかったが、見当違いの場所に飛ばされたせいで帰還は日没近くになりそうだった。トランスサーバーが復旧する見込みは立っておらず、寿命の調整日まで日がなければ焦りを感じていただろう。
 工場地帯を通り過ぎ、まばらに草木が生えた平原に差し掛かった列車は、車輪がレールの継ぎ目を通過する音と揺れを規則正しく繰り返している。パンドラは窓際に頬杖をつき、どこまでも続きそうな薄曇りの空を見た。
 この列車の終着駅は数十年前よりも手前にある。駅の壁に打ち付けられていた古びた金属の板に、今はない都市間を結ぶ鉄道橋のことが書かれていた。イレギュラー襲撃で落とされたという橋が今も再建されていないことを思えばその先にある都市がどうなったかは明らかで、友好の架け橋だったという記述には白々しさが付き纏う。
「寝ていていいぞ」
 前を向いたままでプロメテは言った。それは寝ていろということだ。長距離列車で二人旅をするのに会話がなくても不自然でない、一番いい方法だった。
 パンドラは膝の上にある袋を見下ろした。中には乗換駅で買ったサンドイッチとエネルギードリンクが二人分入っている。ローストチキンとサーモンフライ、どちらの包みがどちらだったかは分からないが、どちらでもプロメテは気にしないだろう。
「お腹が空いたら先に食べて」
「その時は起こすさ」
 じゃあ、とパンドラは食べる予定の時刻を告げた。プロメテは時計を見る、フリをする。
 今日は何でもない嘘の繰り返しだ。そう思いながら、パンドラは目を閉じた。

投稿日:2018年4月29日