バーにて
「俺に合わせているんじゃないか」
隣でグラスを傾ける蘭太に甚壱は言った。蘭太は丸い目を甚壱に向けたままこくりと中の液体を飲み、グラスをコースターに置く。ロックアイスがカラリと音を立て、オレンジがかった照明が氷の中に溶け込むように馴染む。
同じウイスキーを飲むにしても蘭太が炭酸で割る飲み方を好んでいることは知っているし、そもそも蘭太は度数の高い酒をあまり飲まない。家の宴席で決まってビールを飲んでいるのは、炭酸の口当たりが好きなのか、他に出る酒が好きでないがゆえの消極的な選択なのかは聞いていない。聞いたが最後、自分が蘭太の好きな酒を出させようとすることが分かりきっているからだ。甚壱は生きた年数分付き合った己のことをよく分かっていて、蘭太が絡んだときの自分を信用していない。
「甚壱さんが飲んでるとおいしそうに見えるんです」
「うまいか?」
蘭太は口角を上げた。言葉としての答えはなかったが、言ったも同然だった。飲めないわけではないが、好きというわけでもない。
「それを言ったら甚壱さんこそ合わせてくれてるじゃないですか」
「そんなことはない。俺の楽しみだ」
キープしているボトルを飲みつつ、蘭太の好むものを探すという名目であれこれ試す。嗜好の開拓など若い頃にやって以来だ。恋人のためと思うと身も入る。
「同じものを好きになりたいんです。甚壱さん、ハイボールは物足りないでしょう」
「俺は蘭太が好きだが」
「そういうことじゃないですよ」
「そういうことだろう」
元より好きなものが違うのだ。むしろハイボールでいいのならこの店で飲めるから願ったり叶ったりだ。ウイスキーはどうにも苦手で、と言われるよりずっといい。
「……じゃあ、甚壱さんぽい銘柄なら好きかもしれないってことですか?」
「やめろ、ここは俺の行きつけだぞ」
スコッチウイスキーをメインに揃えた店で、もう長く通っている。客のイメージでなどという浮ついた注文が出た場面に居合わせたことはないが、抽象的な説明の多い酒のこと、できないとは限らない。
客の会話など聞こえていないような顔でグラスを磨いている店主が、さりげなく視線で棚を探る。甚壱は気づかなかったことにした。
- 投稿日:2021年10月2日
- #壱蘭ワンドロワンライ お題「飲酒」より