別れ話

「するときはすごく嬉しいんですけど、朝に見ると自信なくしますね」
 身支度を調える甚壱の股間を眺めている蘭太は珍しく素肌をさらしている。甚壱がたまにはゆっくり寝ているように言ったためで、今から出なくてはならない甚壱と違い、蘭太に今日の予定はない。シーツに寝そべる肢体からは寝起きのしどけなさ以上に疲れが見て取れるが、その原因が己にあると分かっているから、甚壱は安心していられた。これが仕事由来なら体制を見直さなければならない。蘭太は寝ても疲れが取れないなどとぼやくような年齢ではないのだ。
「今からするか?」
「だめですよ。スイッチを切り替えようとしないでください」
 蘭太は笑いながら腕を伸ばし、布団の脇に放ったままの甚壱が着ていた浴衣を手繰り寄せる。いつものように畳むのかと思いきや、抱き寄せ顔を埋めるようにして匂いを嗅ぐ。風呂上がりから寝間に入るまでのわずかな間に着ただけだったが、蘭太の満足そうな顔を見るに、しっかりと体臭は残っているらしい。浴衣をもぞもぞと布団の中に引き込む様子を見ながら、甚壱は角帯を締め終えた。
「……お見合いの話をもらったんですよ」
「なんだと?」
「あれ、聞いてませんか?」
「聞いていない」
 今から寝入りそうなとろんとした顔をしていた蘭太はぱちりと目を開けた。手には甚壱の浴衣をまだ持っているものの、身にまとっていた空気が少し引き締まる。甚壱としばらく見合ってから、蘭太は再び目つきを緩めた。
「忘れてください。ご存知だと思ってました」
「それが通ると思うか?」
「思いますよ。甚壱さんは禪院家の存続を第一に考えられる人です」
 恋人という立場を考えれば当然の反応のはずだったが、気まずくなったのは甚壱の方だった。念を押すような蘭太の目から目を逸らし、壁に掛けた時計を見る。時間にはまだ余裕があった。
「蘭太」
 甚壱はもう一度蘭太を見るが、蘭太は寝返りを打ってしまって背中しか見えない。甚壱から身を隠すように、寒くもないのに掛け布団を引き上げる。
「……分かっていたことでしょう」
 返ってきた声は、咎めるようにも、自嘲しているようにも聞こえた。

投稿日:2021年10月2日
あの家で術式があって炳になれる力があって子供を作らずにいるって難しいと思います。甚壱の身の回りはどうなっているのか。