膝枕
「いつもと同じすぎませんか?」
「何がだ」
「甚壱さんと俺がです」
脱衣所で体を拭きながら、蘭太は重大なことのように言った。
蘭太と交際を始めたのは先週のことだ。一週間、甚壱は蘭太が己に向ける眼差しにそれまでなかった柔らかさが含まれていることに気付いたが、それだけだ。甚壱から何か変えようという気はなく、蘭太が望むから受け入れ始めた関係で、受け身であることを悪いとも思っていない。
いつも通りであることの是非はさておき、朝から顔を合わせていた蘭太が今の今まで待ったということは、これから言うことは躊躇うような内容らしい。察した甚壱は蘭太の様子を横目で窺う。
「膝枕をしてみませんか」
相談か宣言か、蘭太はしかつめらしい顔で言った。
どういった勘案の末にひねり出された提案なのかという疑問はあれど、甚壱とて部屋で恋人とくつろぐのはやぶさかではない。この後に何の用事もなく、ただ飯の時間を待てばいいという状況ならばなおさらだ。
「どちらがするんだ?」
「……じゃんけんで決めましょう」
「負けた方が膝を貸すのでいいな?」
「はい」
甚壱は蘭太が蘭太自身の抱く感情を恋だと断じた理由を、気になりつつも聞けていない。役割分担をじゃんけんで決めるあたりに、蘭太の提案の突貫ぶりが感じられた。
何を考えているか分からない。
万事率直な物言いをする蘭太に対して抱いたことのなかった気持ちを抱えながら、甚壱は拳を構えた。
「待ってください!」
甚壱の部屋で、蘭太は今まさに膝の上に下ろそうとしていた甚壱の頭を手で受け止めた。人に頭を触られ慣れない甚壱は戸惑ったが、不快ではないし、抗してどうなるものでもあるまいと受け入れる。
「俺のタイミングでやっていいですか?」
「……無理をするな」
「いえ、やれます」
答える声は重々しく、甚壱は膝枕とはそんなに意気込んでやるものだったかと疑問に思ったが、ひとまず首の力を軽く抜き、頭を蘭太の手に預けた。
鍛えている男の腿だ。古式にのっとり正座しているせいで高さもある。頭を下ろす前から、蘭太の膝の寝心地は良くないと分かっている。分かっていながら付き合うのは、甚壱なりの好意だった。
「……ッ」
自分で下ろしてもなおこそばゆいらしく、甚壱の頭を膝に乗せた蘭太の体が緊張で硬くなる。甚壱と蘭太の間で最も多い身体接触の機会は鍛錬の時で、無防備に触れられるというのは普段ないことだ。慣れていないのも無理はなかった。
甚壱は蘭太の緊張に釣られないようあえて息を吸った。
年長者として、落ち着いた態度を崩すわけにはいかなかった。
蘭太は甚壱の呼吸に合わせるように息を吐き、同時に力を抜いていく。
こめかみの下にいくばくかの柔らかさが生まれ、落ち着いたと思われるところで、甚壱は先手を打って蘭太を見上げた。
「平気か?」
「平気です。甚壱さんは?」
「……」
甚壱は肩と首の位置を調整するべく無言で肩腰をずらした。蘭太が再び体を硬くしたのを気付かないふりをしてやり過ごし、心身を落ち着けて眺める景色は、一人ごろ寝した時に見るのと変わらない自分の部屋だ。
それでも不思議なもので、ひとつ、ふたつと呼吸を重ねていけば、今から眠ってもいいような心地よさが生まれてくる。丁度いいタイミングで蘭太の手が肩に触れ、そのままどうするということもなく置かれたままになる。――悪くなかった。
「……代わる。お前も寝てみろ」
湯上がりであるせいか、忍び寄ってくる眠気を感じた甚壱は体を起こし、呆気に取られている蘭太の前で片膝を立てて座り直した。正座は不得手だった。
「では……失礼します」
役目を早々に終わらされたことから気を取り直したらしい蘭太は、甚壱の元ににじり寄り、畳に手をつき横になった。頬を甚壱の腿に触れさせてからもしばらく自力で頭を支えていたが、体を預ける踏ん切りがついたか、腿に掛かる重みが確かなものになった。
じわりと、自分のものではない体温が伝わってくる。
まるで吟味するように神妙な顔で横たわっていた蘭太が体を起こす気配を感じて、甚壱は蘭太の頭に手を乗せた。蘭太の肩が強ばるが、すぐに諦めて力を抜く。
「どうだ?」
「……思ったより良いです」
「俺もそう思う」
「じゃあ」
「寝ていろ。飯までだ。……じゃんけんに負けたろう」
蘭太が放つ物言いたげな空気を感じつつも、甚壱は知らぬ顔で蘭太の湿り気の残る頭を撫でた。硬くしっかりとした髪質で撫でごたえがある。
甚壱と同じく頭を触られ慣れないらしい蘭太は妙な顔をしていたが、ついに嫌とは言わなかった。
- 投稿日:2023年11月17日
- 風呂上がりなので二人ともいい匂いがします。