好奇心

 発端は、躯倶留隊隊員の一人が、長寿郎が女を連れているのを見たと言ったことだった。どこで見た、どんな女だったという質問から始まり、最終的には長寿郎の男性は機能しているのかという、当人に聞く以外答えを知る術がない疑問のみが残った。途中から話に参加した信朗は、隊員の悩みを解決するのも隊長たる俺の務めとばかりに、とんとんと胸を叩いた。
「聞いてきてやるよ」
 親指を立て、徳利と杯を手に長寿郎の元に向かう信朗を見て、隊員の心はひとつになった。
 ――惜しい人を亡くした。
 訓練教官としては厳しいし無茶振りもするが、誰にでも分け隔てなく接し、分け隔てがなさすぎるために「炳」相手でも似たような調子で話してしまう信朗のことを、隊員たちはそこそこ好いていたし信頼もしていた。甚壱に呼び出されると真面目くさった顔で出ていく割に、帰ってきたときには子供のように口を尖らせている。廊下で連行現場に鉢合わせたことのある隊員は、脇に避けて頭を下げる直前、甚壱に連れられた信朗が市場に売られていく子牛のような顔をしているところを目撃している。
 宴会らしからぬ湿っぽい空気の中、隊員達は献杯の準備をするために徳利を回していく。
 信朗が長寿郎の隣に腰を下ろしたのを見てから、誰からともなく酒杯を掲げた。

「長寿郎さんはすごいですよ。俺その年になったら勃たない自信ありますもん」
 長寿郎についての数々の噂――現当主が子供の頃から爺さんだったとか、回春術として若い女を布団代わりにしているとか――が信憑性を帯びるくらいに、長寿郎はいつでも溌剌としている。勃起どころか子供を産ませるところまでいけても不思議ではなかった。
 信朗は話の出どころを伏せた状態で、長寿郎本人を相手に長寿郎の目撃情報を展開する。茶飲み友達かもしれないし、そもそも女を連れていたということ自体が勘違いかもしれない。猫の首に鈴をつける役目を買って出たような顔で出てきたが、これは単に信朗が聞いてみたいことでもあった。
「で、実際どうなんです? 秘訣とかあるんですか?」
 新しく酒を注ぎ、声を潜めて尋ねる。元々笑っているような顔をしているせいで分かりにくいが、長寿郎は確かに今笑っている。これはいけるぞと思いながら、信朗は長寿郎からの返杯を受けるために杯を差し出した。

「うーい、聞いてきたぜ」
 ゾンビを見たような顔をした隊員達を見て、信朗は自分がどうなると思われていたのかを察知した。それなら止めてくれればいいじゃねぇか、とは口に出さないまでも、一番手近な坊主頭をペシンと叩く。
「呪力で強化してるんだってよ」
「え……危なくないですか?」
「思うよなぁ。やっぱ担がれたんかね」
 上座からくすねてきた酒瓶を、頭を叩いた隊員に渡してやりながら、信朗も首をひねる。今すぐ試すのは人権の危機を招く可能性があるためにできないが、加茂家の赤血操術ならまだしも、勃起していない状態で呪力を集中させてもどうにもならないのではないか。それとも炳ともなると呪力操作の精度が違うのだろうか。
「もいっちょ聞いてみるか。俺ら最近ヘマしてなかったよな?」
 その一言で、隊員達は信朗が想定している相手が甚壱であることを察した。
 甚壱は炳だけでなく禪院家全体まで広げて見ても話が通じると言える相手だったが、理屈に合わないことに対しては厳しく、この手の話に乗ってくるイメージもない。どんなヘマにだって情状酌量はあるが、今回は汲んでもらえるような事情がそもそもない。興味本位でしかないこの話題を振ってどうなるか。
 余計なことを言わない。それが禪院家で生き延びるコツだ。
「はい」
 隊員達は、近頃の任務で目立った失敗がないことだけを確認し、それぞれ頷く。
「よし」
 膝を叩いて立ち上がった信朗を、場にいる躯倶留隊全員で見送る。
 本日二度目となる献杯の準備ために、信朗が持ち帰った酒瓶が巡り始めた。

投稿日:2021年6月13日
更新日:2021年10月4日
単行本おまけで長寿郎がしゃべらないことが明らかになったので台詞を削りました。まさかの展開だよ……!