伊達眼鏡
「蘭太」
「あ、甚壱さん」
下足番に「俺のは後で良いです」と声を掛けてから、蘭太は廊下を歩いてきた甚壱に向き直った。
「今からお出かけですか?」
「ああ」
甚壱の目が、無遠慮さを覚える程度に自分の顔に注がれているのを感じ取った蘭太は、視線をすりガラスが嵌められた戸に向けて、思い当たると甚壱に顔を戻した。掛けている眼鏡に手を添えて、これでしょう、と目配せをする。
「伊達ですよ。両目とも1.5です」
「そうか」
相槌こそ打ったものの平常と変わらない顔のまま、甚壱は下足番が出してきた雪駄を履いてから、もう一度蘭太の顔を見る。蘭太は小首を傾げて甚壱を見返した。
「似合いませんか?」
「いや」
「よかった。あんまり評判よくないんですよ」
なぜだと問いかけるような甚壱の視線を受けながら、蘭太も式台に降りる。
「目が悪くないなら掛けなくていいだろうって。分かりますけどね」
「……邪魔だろう」
「任務のときは掛けませんよ。……やっぱり似合ってないですか?」
「いいや」
「本当ですか? 不安になってきたな。自分ではいけてると思って買ったんですけど」
靴紐を締め終えて立ち上がった蘭太は、どうやら待っているらしい甚壱の横顔をじっと見る。耳には戸が開けられる音を聞いていたが、思いつきを果たすまで出るのはよそうと思った。
「甚壱さんが眼鏡掛けてるとこ見たいです。掛けてみません?」
「そのうちいるようになるんだ。掛ける気はない」
「甚壱さんはずっといらないかもしれないじゃないですか」
待っていたくせに足早に立ち去ろうとする甚壱の背を追って、蘭太も外に出る。昨晩の風は強かったが、掃き清められた露地には木の葉一枚落ちていない。
表戸までの間にできなければ諦めよう。蘭太は計画を変更した。
「甚壱さん」
振り返った甚壱の渋い顔を見て、そんなに眼鏡が嫌いなのだろうかと蘭太は首を傾げる。
「……最近少し、見えづらいと思うことがある」
「それって……」
「……」
目がいいと老眼になるのが早いと言われたが、甚壱の視力がどの程度のものなのかを蘭太は知らなかった。甚壱に弱い部分があるということを想定したことがない。
甚壱の顔を映すように、蘭太は難しい顔をした。
「報告書、大きめの文字にしましょうか」
「やめろ」
- 投稿日:2021年10月9日
- #壱蘭ワンドロワンライ お題「眼鏡」より