老眼鏡

「甚壱さん助けてください……」
 障子を開けて現れた蘭太は、甚壱の隣まで来ると、畳に静かに突っ伏した。こういう登場の仕方をする時は間違いなく仕事の話ではない。手にしていたペンを置き、死に際に託すように掲げられたゲーム機を受け取った甚壱は、スリープモードを解除する前に蘭太の後頭部に目を落とした。
「攻略サイトとかそういうのがあるんだろう」
「解き方が知りたいんですよ……子供達に教えてあげなきゃいけなくって……」
 くぐもった声での返事に溜め息をつき、スリープを解除した甚壱は、現れた文字の小ささに口をへの字に曲げた。覚悟はしていたものの、これでは休憩になりそうにない。スマートフォンのパズルゲームを毎日やらされたときの方が楽だった。
「蘭太がやる必要はないんじゃないか?」
「甚壱さんが直接教えてあげてくれますか? 俺みたいに仕事の隙間を見計らっては来ないですよ?」
「そもそも俺には聞きに来ないだろう」
 図星だったらしく、蘭太は黙り込んだ。わざとらしい程に大きく息を吸って、やはり静かに息を吐く。任務の時と違ってゴム紐一本で簡単にくくられている髪を乱さないよう軽く手を乗せると、蘭太はことりと首を傾けた。
「眼鏡」
「……ああ」
「あれだけ嫌がってたのに」
「諦めた。よく見える」
「俺に選ばせてって言ったのに」
「言ったか?」
「言ってません」
 ドキリとして顔を向けた甚壱は、してやったりという顔で笑う蘭太を見て眉を寄せた。蘭太は「すみません」と言いながら体を起こした。
 ゲーム画面を覗き込むために甚壱に身を寄せた蘭太は、ゲームの状況を軽く説明してから、テキストを送る甚壱の顔を見る。
「眼鏡の甚壱さんもかっこいいです」
「本当か?」
「本当ですよ。掛けさせるために言うならもっと早く言ってます」
 甚壱の懸念を汲み取って言ってから、蘭太は机の上の書類に目をやって、自分が手を出せるものではないことを察して目を離す。
「どんな感じに見えるんですか?」
「……ゲームを手伝ってほしいのか構ってほしいのかどっちだ」
 言われて初めて自分がやっていることに気づいた蘭太は、困った顔で目を泳がせた。
 甚壱はゲーム機を机に置いて、代わりに蘭太を膝上に抱き上げる。持ち上げれば持ち上がるのだ。乗るように促すなんていうまどろっこしい真似はしない。
「蘭太の顔は眼鏡がない方がよく見える」
「こっちの甚壱さんも捨てがたいですけど」
「キスがしづらいだろうな」
「やっぱりなしで」
 両手が塞がっている甚壱に代わり、蘭太は甚壱の眼鏡に手を掛けた。

投稿日:2021年10月10日
#壱蘭ワンドロワンライ お題「眼鏡」より
カップリングの企画なのにいちゃいちゃ度が低かったのでやり直した。