水責め首絞め
「甚壱くんイキそうなんちゃう。顔がますますアカンことになってるで」
膝上に乗り上げた直哉がニヤニヤと笑う。風呂場で後始末をするうちに興が乗ったらしい直哉の誘いを断る理由はなかったが、それにしてもうるさい。なまじ体力があるせいで、一通りの行為を終えても全く減ることのない口数の多さに、甚壱は今日だけで何度思ったか分からない「なんでこいつと」を思い浮かべた。
「体位変えんの? そんなん――」
鍛えられているなりに太さのある首と、腰を跨いでいる膝を掴み、ひっくり返すようにして湯の中に押し倒す。派手に上がった水しぶきと、湯に溶けたせいで聞き取りそこねた罵声。よく回る舌はさておき、直哉も疲れてはいたのだろう。思いつきの行動があっけなく成功してしまい、跳ねた湯を被った甚壱は、垂れ落ちてくる水滴に顔をしかめた。ささくれ立った気持ちはまだ収まらない。
男二人が共に入れる広さの湯船の甲斐あって、直哉の上半身は完全に湯の中だ。吐いた空気が波打つ水面で弾ける。手を引き剥がそうと掴んでくる指の力と、肩を蹴りつけようとしてくる足。いつもなら明確な意図を持って緩急をつけて締め付けてくる尻の穴が、口でできない呼吸を代わろうとするように、不規則に弛緩と緊張を繰り返す。
「ゴッボ、ガボボッ……!」
暴れても湯を飲むだけと判断したのだろう。湯船の壁に手をついて脱出を図っていた直哉が、ぴたりと動きを止める。飲んだ湯を吐き出そうとする反射を抑え込んでいるからか、首を押さえる手に痙攣のような振動が感じられる。術式を使って抜け出さないのは、動きの構築に必要な視覚情報が不鮮明だからか、それとも単純な力比べでしかないこのやりとりに、術式を使うことを屈辱と感じるからか。
直哉の抵抗を封じるため、ほとんど惰性で動いていた甚壱は、気を取り直して腰を引き、うねる腹奥に自身を打ち込んだ。反射だろう。びくんっと直哉の腰が跳ねる。
水面越しにビリビリと叩きつけられる殺気に、甚壱はニヤリと口端を歪めた。気を抜けば、押さえつけている腕の骨を折られるだろう予感は、陰茎に与えられている快感以上に悦楽をもたらす。
「グ……ッ……ゴポッ……ッ!」
直哉の中は、湯がぬるく感じるほどに熱い。ひとつ腰を打ち付けるごとに、ゴポリ、ゴポリと空気が吐き出され、腕に食い込む指が緩んでいく。当人の意思は知らないが、細かに痙攣する腸壁は、甚壱の陰茎に媚びるようにまとわりつき始めている。
「…………ガポッ……」
手の中で、喉が嚥下するように動く。
気絶したのを蘇生させるのは面倒だ。今さら意地を張る必要もない。
甚壱は衝動に任せて射精して、ゆらゆら揺れる水面と、その下にあるまだ力を失わない直哉の瞳を見下ろす。
直哉の首を湯から引き上げると、一拍の間を置いてから、直哉は激しく咳き込んだ。その振動は快楽のはずだったが、射精を終えた今となってはうっとうしい。異物を排そうとする直腸の動きのままに、尻から陰茎を抜く。
「ゲホッ、ゲホッ、っ、ゴホッ、ゲェッ!」
「……洗い直しだな」
血を吐きそうな勢いで咳き込む直哉に言うと、刃物を突き立てられたと錯覚するくらい強く睨みつけられる。乱れた息を吐く口から糸を引いて垂れる涎と光る鼻水。甚壱は直哉の「甚壱くんは水も滴るとはいかんなぁ」という言葉を抑揚そのままに思い出して、直哉の額にべたりと張り付いた前髪を掻き上げてやる。
「鼻が垂れていようが見られる顔だな」
「このッ……」
悪態をつこうと直哉が息を吸い込んで、そして再び咳をする。今の全力だろう。咳が収まるのを待たずに振り抜かれた拳を手のひらで受けると、じゃれつくにしては大層な呪力が籠められている感触があった。
- 投稿日:2021年5月27日