スイッチ
「じんいち、さ……」
「どうした?」
「イキそ……イッちゃう……っ!」
布団に伏せ、シーツを握りしめながら絞り出すような声で訴える蘭太は、甚壱が支えていなければとうにくずおれていただろう。繋がった場所で感じる慄きが、言葉通りに絶頂が近いことを伝えてくる。
「いいぞ、イけ」
甚壱は昇り詰めようとする蘭太を後押しするために、腰を引いて、裏筋に感じるふくりと膨らんだ感触を押しつぶした。
「ああっ、だめっ、だめですっ!」
シーツに額をこすりつけて身悶えする蘭太は、それでも甚壱のために腰を上げていようとする。好都合だった。甚壱は強まる締め付けの抵抗を受けながらも、潤滑剤の滑りを助けにして、ぐりぐりと何度もそこを往復する。
「くうっ、うぅうん……ッ……!」
絶頂の切れ目、脱力する一瞬を狙って奥に入れると、蘭太の喘ぎ声は途切れて、声になりきらない呻き声に変わった。びくっびくっと痙攣するような小刻みの蠕動を、陰茎全体で感受する。強ばる背中を撫でてやると、たったそれだけのことにも感じるのか、蘭太はさらに甚壱を絞り上げた。
ややしてから、甚壱は弛緩してきた蘭太の内壁に自身を擦りつけて、自分がまだ達していないことを主張した。
「もう少し頑張れるか?」
「ッ、はいっ」
甚壱は力なく落とされていた蘭太の腕に手を伸ばし、手綱を握るように掴んで引き起こした。バランスを保てずへたり込みそうになっているのを下から突き上げる。驚き狭まった隘路を拓く快感は、甚壱だけのものではない。甚壱は無意識のうちに逃げようとする蘭太の腕を掴み直した。
「あッ、はっ……あっ……んッ!」
肌と肌がぶつかる音、重なっていく快感を処理することに手一杯で、抑えられないらしい蘭太の喘ぎ声。乱れた呼吸は、成長した今となっては情を交わす最中にしか聞けないものだ。
とんとんとんとリズムよく、うねる中をこじ開け突き入れて、引きずり出して、また突き込む。弓なりに反った蘭太の背中を汗が伝い、結合部を泡立てる体液と入り混じり、すでにぐしゃぐしゃになっているシーツをさらに濡らしていく。
「蘭太」
「うぁ……んッ!」
甚壱が名前を口にする、それだけで、剛直を咥えることに慣れた内側がきゅうと狭まり、喜びに震える。一体どこで切り替わるのか。廊下で行き合い呼び止める時、蘭太が甚壱に向ける顔はいつも晴れやかだというのに。
「あと少しだ」
「うんっ、んっ……!」
こくこくと頷く蘭太は、もう何度も中だけで達している。甚壱に快感を与えるために、緩んでしまわないように頑張っていることが、完全に裏目に出ている。その必死なまでの健気さを愛らしく思う一方で、溺れる者の末路をこちらで選ぶような、仄暗い優越感が胸の奥に灯る。
大事にしてやりたい。玉は玉のままにしておきたい。
間違いなくそう思っているというのに、蘭太の体に快楽を教え込み、逃げようとするのを力で従わせる時の若木をたわめるような生命力に満ちた手応えは、あまりにも征服欲を刺激した。
「……出すぞ」
「はい……っ」
応える蘭太の声はすっかり甘くとろけている。甚壱が深く突き入れて間もなく、腹奥への射精を促すように包み込んでくる柔らかな腸壁。蘭太の体を、器官を、性交のためにあると錯覚しそうになる瞬間だった。
ぱちりと目を開けた蘭太が、首を横に倒して隣にいる甚壱を見る。並んで横たわっているために、普段は合わない目線がしっかり同じ高さで絡んだ。
「……もしかして寝落ちしてました?」
「少しの間だ」
「うわー……すみません」
「構わん」
何のためにか体を起こした蘭太が、残滓をすっかり拭われていることに気付いて気まずそうにしている様子を、甚壱は寝転んだまま眺める。本当にスイッチでもあるのか、最中に見せた姿はどこへ行ったのやら、蘭太の顔には性欲の影すら残っていない。
「蘭太」
「はい?」
「……体は平気か?」
「はい。もう一回しますか?」
「いや」
甚壱は首を振った。蘭太は了解を言う代わりに口端を引き上げ、枕元から髪紐を取り上げると、乱れた髪を手早くまとめる。今日は自分の部屋に戻る気らしい。一抹の寂しさを覚えた甚壱に気付いたのか、蘭太はそれ以上身支度を進めようとはせずに、甚壱の隣に寝転び直した。甚壱が腕を差し出す前に、自分の腕を折って枕にする。
「腰が立たなくなることはなくなりましたが、気持ちいいのに弱くなった気がします。そのうち名前を呼ばれただけでイくかも」
冗談か本気か。日向が似合う顔のまま言った蘭太の顔を見ながら甚壱は考える。
「……蘭太」
「はい」
「蘭太」
「あっ、甚壱さん試そうとしてますね? そうはいきませんよ」
蘭太が頭を起こす。甚壱はその腕をぐいと掴んで引き寄せて、蘭太の体を自らの腕の中に収めた。「ぐえ」とわざとらしい声が聞こえたのを、あえて強く抱き締めると、蘭太からも甚壱に抱きついてきた。声を出さずに笑っていることが、振動となって伝わってくる。
「蘭太」
甘い声で呼ぶなどという器用な真似はできない。甚壱はいつだって平坦で、無感動に思える自分の声を聞きながら、蘭太が結んだばかりの髪紐に指を掛ける。
簡単に解けた髪が、ぱさりとシーツの上に落ちる音。肌で感じる蘭太の含み笑い。
「だめですよ甚壱さん」
諭すように低められた声、呼ばれる自分の名前。
蘭太のスイッチが何であるか、分かったような気がした。
- 投稿日:2022年6月7日