ほおずきの根

「旦那、あのざるに盛ってあるのって、ほおずきの根か?」
「よく分かったな」
「昔取った杵柄ってやつで、毒のあるもんには詳しいんだよ」
「君に隠しごとはできないな。千寿郎には黙っておいてくれ。念押しされたのにこの有様で、顔向けができない」
「えっ、そういうやつ? ……俺、旦那はそういうことしないと思ってたわ。どこでだよ?」
「浅草だ。元は千寿郎に見せてやるつもりで行ったんだが、俺のほうが楽しくなってしまって、ついな」
「……ま、初めてより久しぶりの方が夢中になっちまうのは仕方ねぇよ」
「そう言ってもらえると助かるが、年甲斐もないだろう」
「旦那のことだから嫁さん亡くしてからご無沙汰なんだろ」
「よく分かったな」
「分かるさ。嫁さんが寝付いてるから行くってやつもいるだろうけどな」
「……本来そうあるべきなのだろうが、俺はそんな気になれなかった」
「んなこたねぇよ。人によるって」
「妻が元気だった頃は行っていたんだが」
「なんで!?」
「なぜって、賑やかでいいじゃないか。君は行ったことがないか?」
「いやあるよ、あるけどよ」
「いいものだろう?」
「派手だからな、嫌いじゃねぇよ」
「君が行ったのも浅草か?」
「あちこち知ってるぜ。つっても任務の内で、個人の用じゃねぇけどよ」
「そうか。俺はそういうことに疎いから、つい有名どころに行ってしまう」
「そのほうが間違いねぇだろ」
「……大きくなっていると気づいたとき、日頃見てくれているところに頼むことも考えたんだが、他所で買ったものだから気が引けてな」
「旦那、浅草で『買った』はまずいぜ。近いとはいえ吉原じゃないんだから」
「御神札みたいにか?」
「そうそう、お札みてぇに。そんなことになってるんじゃ、ご利益のほどは知らねぇけど」
「枯れるよりはいいだろう」
「違いねぇ。でもそんなの頼みゃいいだろ。嫌な顔はされるかもしれねぇけど、日頃の付き合いがあるなら断られるまではないだろうよ」
「もちろん頼めばやってくれただろうが、これからのこともあるからな、あまり言いたくなかった」
「千寿郎のときか」
「ああ。まだ先の話だが。それとも俺が無理を言っておいた方が千寿郎が好かれるだろうか? 先代は面倒が多かったが今は楽だとか、そういう風に」
「それは分からねぇけど……流石に伝えねぇだろ、千寿郎には」
「そうだな。もし聞いたとしても千寿郎は何とも思わんだろうが」
「えっ、そうか!?」
「情けない父親だと思われるだろうか?」
「そりゃ……いや……」
「自分でやったと知った方があの子は呆れそうだ」
「自分でやったのかよ!? 人に頼んだんじゃなくて!?」
「ああ。あれは余った分だ。初めてにしては上手くできたつもりなんだが」
「ええ……無茶すぎるだろう。言ってくれれば俺が引き受けたぜ?」
「君に頼りすぎるのも何だろう。汚れる仕事だ。それに本職でないのは君もだろうに」
「いやいや、旦那がやるよかマシだって。汚れ仕事も今さらだ」
「それは……確かに君ならもっと上手くできるかもしれないが……。次は気をつけるから、手遅れにならなかっただけ良しとしてくれ」
「次!? 次があんの!!? 一度で懲りろよ! そんな柄じゃないだろ!」
「ひどい言い草だな。本当に上手くできたんだぞ。君さえ黙っていてくれれば、千寿郎は気づかないかもしれん」
「『かも』じゃまずいだろ。今からでも遅くねぇ、俺が手ぇ貸すから完璧に始末つけようぜ」
「そうだろうか……それならちょっと来て見てくれ」

「ほおずき……?」
「どうした変な顔をして。根を見て当てたのは君だろう。上手く植え替えられたと思わないか?」
「……千寿郎に黙っておいてくれってのはこれ?」
「ああ。世話できるのかと念を押されて枯らしたら、言わないことではないと呆れられるだろう。株分けで増やすらしいから取っておいてしまったんだが、一鉢でも面倒を見きれないのだから、さっさと処分してしまうべきだった」
「千寿郎と行った浅草ってのは……浅草寺のほおずき市?」
「学校の帰りにでも買った人を見たのだろうな。行ってみたいと言われた」
「嫁さんが元気だったときは嫁さんと一緒に行ったのか」
「ほら、夜はなかなか任務で空かないが、昼間なら時間も作れただろう? 厄除けのほおずきなのだから、妻が臥せっていたときこそ行くべきだったのだろうが、俺は少しでも長く瑠火のそばに――ああ、いや、それはいいんだが」
「大きくなってるってのは根詰まりか……」
「……何だ宇髄、さっきから。俺が鉢植えの世話をするのはそんなに意外か?」
「いや……俺はてっきり芸妓を孕ませて、堕ろす薬でも煎じてたのかと」
「なんだそれは!? そんなわけあるか!!」
「よかった……俺の勘違いか……」
「ひどい勘違いだ。誤解が解けてよかった。君にそんな風に思われているなど、植木屋に無理を言うどころの騒ぎじゃない」
「悪い悪い。……な、でも実際そっちはどうしてたんだ? 女房亡くした頃はまだ若かったろ?」
「……鬼がいたからな」
「それって」
「違う!!」

投稿日:2021年5月20日
浅草寺と吉原の位置関係を大人になってから知りました。