感傷
女房たちとの間に生まれた子供はどの子も二親の特徴を備えていたが、天元とまきをが親戚同士であるせいか、二人の子供は天元のきょうだいにもとてもよく似ていた。その印象は子供が成長するに従って強まっていったが、子供の頃を知る女房が誰一人そう言わないことからすると、似ているというのは罪悪感が見せた幻で、実際には似ていないのかもしれない。
一番若かった炭治郎を見送って、既に数年。非才であったばかりに得てしまった、穏やかで幸せな日々に、致死性のない毒を飲んだような痛みを感じることにも慣れつつあった。
まきをとの間に生まれた息子が、殺した弟と同じ年になった日。一度も忘れたことがない顔と瓜二つの横顔を見ながら、「弟は年を取らないのだから、あとは離れていく一方だ」と思いついた天元は、あまりの酷さに吐き気を堪えるのに必死になった。
それから一週間。
何の知らせも寄越さずに訪れた天元を、槇寿郎は快く迎え入れた。子供が生まれるたびに祝いの品を贈られて、返礼こそしていたものの、煉獄家に足を運ぶのは久しぶりだ。
無沙汰を詫びる言葉もそこそこに、槇寿郎から子供の様子を聞かれた天元は口ごもった。槇寿郎が、嬉しそうに千寿郎の話をしていたのを思い出す。子供の成長とは元来、喜ばしいことなのだ。
もしかして、と気遣わしげな顔をした槇寿郎に、天元は慌てて首を振った。女房も子供もみんな元気だと答える。
「ならどうした。近くに来たから寄ったというわけではあるまい」
息子の顔を見たくないのは、自分が殺した弟を思い出したくないからなのか、自分が弟を殺したことを思い出したくないからなのか。
天元は、自分が「息子が弟に似ていることを嫌だと思っている」ということさえ今気づいた。整理しきれていない感情が渦巻く胸を持て余し、目をそらす。
「ちょっと、会いたくなって」
「そうか」
槇寿郎は袖の中で腕を組んだ。
「俺もそろそろ死にたいんだがな」
「なっ、つれないこと言わないでくれよ」
「何の話かは知らんが、君の妻に話せ。明かしてもらえないのはつらいものだぞ」
眉に白いものが混じり、灼灼としていた髪が白茶けた色になっても、瞳の色は変わらない。やっぱ派手でいいよなぁ、と天元は思った。
「実感籠もってるね。経験談かい?」
「御明察だな。俺は妻に、家のことではなく彼女自身の不安を話してほしかった」
茶化しても乗ってこない。とはいえ昔でもこれくらいは流されたか。
槇寿郎との間に沈黙が生まれるのは嫌ではなかったが、今は少し、居心地が悪い。選択を誤ったかな、と天元が切り上げどきを考え始めた時、槇寿郎はすっくと立ち上がった。
「風呂に行くぞ」
据わりのいい場所を探しあぐねた天元は、終いには槇寿郎を膝の上に抱き上げた。結局女房に甘える時と同じ姿勢になってしまった、と思いながら、寝巻とは思えないほどきっちりと合わせられた胸元に頭を預ける。
「落ち着いたか?」
「んー……まあ、少しは。旦那、痩せた?」
「今さらだな。ここ数年は変わっとらん」
「そっか」
汚れてもいないのに風呂屋に連れて行かれ、子供にするようにラムネを与えられたかと思うと、次いで鮨屋に押し込まれた。ふぐ刺しが食いたいという天元の意見を容れようとした結果なのだろう。槇寿郎の注文からは、生魚を好まないらしいことが見て取れた。
頭を撫でてくる手に心地よさを感じて、こういう時に思い出すものが父母ではなく妻の手であることを考える。
「なあ旦那、俺のこと抱ける?」
「無理だ」
「即答かよ。そりゃちょっとどころじゃなく薹が立ってるけどさ」
「そうじゃない。もう勃たん。俺をいくつだと思ってる」
「えー、呼吸でなんとかしてくれよ」
「無茶を言うな」
「じゃあ抱かせて。絶対痛くしないから」
お前なあ、とわざとらしいほどに大きなため息が頭上から降ってくる。槇寿郎は「君」と呼ぶときより「お前」と呼ぶときのほうが話しやすい。天元の前で自分のことを「私」と言わなくなったのはいつ頃だったか。胸に顔を埋めたまま、天元はにんまりと笑った。
「絆されてくれよ。……旦那が息子にやりたいことに付き合ってやっただろ」
善逸は音で感情が分かると言っていたが、こういうことだろうか。心地よい定速から一転した心音に、これは傷ついた音だな、と耳を澄ませた。
- 投稿日:2021年4月16日