追想

 明るい空から、音も立たないような細かな粒がさあさあと降り注ぎ庭土の色を変えていく。鬼がもういないと分かっていても、雨が降ると落ち着かない気持ちになる。
「鴉が呼びに来ないか気になるかい?」
「……俺が鬼狩りをやめてどれだけ経ったと思っている」
「雨の日は足場が悪くなるし、音も夜明けも遠くなる。やだねぇ」
「……そうだな」
 鬼は夜に出るとされるが、陽光に当たれないというだけなのだから雲が厚ければ雨や雪でも出てくるし、陽光が差し込まない屋内ならば年中出没する。利益や恐怖で人間を捕らえて屋敷で暮らす鬼にも、信仰心につけこみ自ら狩りに出ない鬼にも天候は関係ない。その場合は鬼との戦闘よりも人間との対話の方が骨が折れた。
「旦那は雨が平気なんだって?」
「そんなことはないが」
「煉獄が言ってたぜ。父上は雨だからと格別嫌な顔はなさらなかった! って。俺は旦那が不機嫌なのはいつもだろって言ったけどな」
 どこからそんな話が出たのか。その疑問を口にする前に、元音柱というだけあって妙に似ている声真似を披露されて面食らった槇寿郎は、続けられた言葉に苦笑いした。
「違いない」
 槇寿郎から見れば、杏寿郎こそ天候にも体調にも左右されない男だった。柱となった後に屋敷を与えられて家を出るまで、帰宅を告げるよく通る声は、玄関から遠い槇寿郎の部屋にまでよく聞こえた。静かだと思ったら、鬼の出す毒煙を吸い込んだせいで喉が焼けていたということもあった。
「俺の妻は静かに話す女だったから、雨音にかこつけて耳を寄せられる。それが嬉しかった」
 言ってしまってから恥ずかしいことを明かしたような気がして、槇寿郎は手の中の湯呑みをくるりと回した。
「煉獄のあれは旦那似か」
「……俺はそんなに声を張らなかっただろう」
 大声を出す気力すらなかったというのが正確なところだが、必要最低限の会話をするのすら億劫な中で、息子ほどの声を出した覚えなどない。
「声じゃなくて気迫の話。煉獄は戦闘中だけだけど、旦那は苛立ってるせいで常から圧がすげぇの。待機してるだけなのに、隠連中がビビって歯を食いしばる音まで聞こえてうるさいったらなかった」
「それはすまないことをしたな」
「いんや。……一回さ、俺が増援頼んで旦那が来たことあっただろ。あのときは目視するまで旦那って気づかなかったよ」
 宇髄は雨の向こうを見透かすように庭を見た。
「飲んだくれる前の旦那と会ってみたかったなぁ」

投稿日:2021年6月12日