into me
口づける寸前、シライの頬はクロノの両手に挟まれた。
口づけを拒まれたわけではないことは分かっている。もちろんクロノからキスをするためでもない。クロノは行為に際して艶めいたことをする性質ではなかったし、シライも別段クロノがそういう行動を取ることは望んでいない。
「どうした?」
シライは真正面から見つめてくるクロノを見つめ返した。
クロノにも恥ずかしいという感情があることは知っているが、それが見られるのはもう少しことが進んでからだ。今ではない。もしシライがここでクロノに服を脱いでほしいと言えば、クロノは風呂に入る前くらいの気軽さで脱ぐだろうし、シライの服を脱がせるよう言っても、病人の汗を拭う準備をするくらい淡々と脱がせるだろう。それはクロノのいいところであって、不満はなかった。そんなクロノの欲が自分に向かう瞬間、シライはたまらなく満たされる。
「やっぱりだ」
何かに納得したらしいクロノが笑うのを見て、シライはつられて笑顔になった。シライはクロノの童貞をもらえてからというもの順調に頭がおかしくなっているので、クロノの感情がプラスの方を向いているというだけで嬉しくなれる。
「おじさんは興奮すると目の色が濃くなる」
「へぇ」
言ったのがクロノでなければ、シライもその言葉にもう少し、情感めいたものを感じただろう。だが生憎と発言者はクロノだ。シライがクロノの熱を持ちつつある性器を触りながら「硬くなってきた」と口にしたとき、何を言っているんだという顔で「おじさんが硬くしたんだろ」と答えられ、ぐうの音も出ないほどの正論に笑ってしまったことは記憶に新しい。
「普段はふかし芋くらいだけど、こういうとき蒸しかぼちゃくらいの色になる。最初は照明のせいかと思ってたけど、間違いない。照明の色のせいじゃない」
クロノはシライそっちのけでシライの虹彩の変化に夢中で、キスはまださせてもらえそうにない。シライとしては放置プレイをされている気分だったが、指摘したらおじさんの話だときょとんとした顔をされそうだから、黙って状況を甘受する。クロノがシライを見ている間、シライもクロノを見ることができる。暇なことは暇なので、クロノはおれの目を食いもんの色だと思ってるんだな、おれがまだリトライできるなら食わせてやれたのにな――などと取り留めのないことを考える。
シライは嬉しそうなクロノを見るのが好きだった。クロノを水族館に連れて行ったとき、興味深げに水槽を見るクロノを見すぎて「おじさん、水槽はあっちだよ」と言われたこともある。シライは水槽に映るクロノを見ながら、クロノを水槽に入れて飼いたいと思った。水槽の中で生態系が完結し、メンテナンスが不要なバランスドアクアリウムというものを知ったのはその後だが、手を掛けたいから却下した。クロノたちに手を貸したことが自己効力感を高めるきっかけとなったせいか、シライは時折離脱症状みたいに必要とされたくなることがある。瓶を固く閉めすぎるとか、薄めの味付けにして醤油を取るよう求めさせるとか、そういうので適度に発散しておかなければ危険だった。手は掛かる方がいい。
「そんなことになってんのか。照明じゃないと証明されたわけだ」
「おじさん、知らなかったのか? 自分の体のことなのに」
「鏡見ながら興奮しろってか? 状況を鑑みろ、おかしいだろ」
「それもそうか……」
顔からクロノの手が離れたタイミングで、シライはすかさずキスをした。クロノに驚いた顔をされたので、シライも驚く。自分の影になっているせいでクロノの瞳孔が開いて、目がいつもより黒々として見える。恐怖を感じているときも瞳孔は開くのだ。シライはクロノの体を膝の上に抱えあげて、クロノの顔に光が当たるようにする。瞳がいつも通りのサイズに戻ってほっとした。
「おまえにもそういう分かりやすい指標があればいいのにな」
「ちんちんじゃだめなのか?」
「だめじゃねぇけど、おればかりバレてるのも恥ずいだろ」
「おれがおじさんの目の変化に気づいたのは観察の結果だから、おじさんもやってみたらいい。おれの知らない変化があるかも」
「挑戦する価値はありそうだな。分かるまで延長戦だ」
「まだ一回戦もしてないのに」
「誰のせいだよ、誰の」
- 投稿日:2024年6月9日
- 病んでるシライを書いてみたいと思ったけどこういうのじゃない気がする。