大誤算

 シライはクロノの首筋に口づけた。
 シライのパーカーは床に落ちていて、クロノのシャツのボタンは二つ目まで外れている。ズボンはお互い穿いたままで、色気とか情欲とか、そういうのはまだない。キスをされたクロノはくすぐったいらしく、小さく笑い声を立てながらシライの体を抱き締めてくる。
 順調に身長が伸びているとはいえ、クロノの体はまだシライよりも小さい。けれどもしがみつかれているのではなく、抱かれているという感覚のある抱擁だ。シライはとんでもなく幸せな気分で、自分を抱くクロノの背中を抱き返した。
 シライの部屋。シライのベッドの上。日常の中の非日常。
 クロノの体を離したシライは、クロノの瞳に映る電灯の光すら愛おしく感じて、もう一度クロノの唇に口づける。一度目にしたものよりも長く、少しだけ性感を意識して擦り合わせる。そうしたらクロノにおずおずと吸い返されて、シライは胸がきゅうっと苦しくなった。
 気付けば、シライは「絶対に大事にする」と口走っていた。
 それを聞いてきょとんとした顔をしていたクロノは、ややしてからシライが言った言葉の意味を理解したのか、ぱっと瞳を輝かせると「おれも大事にする」と言って、シライの額に自分の額をくっつけた。
 クロノの前髪が額に当たる感触と、それよりも手前にある自分の髪の感触。少し顔を動かせば鼻が擦れて、シライは首を傾けながら唇同士を合わせた。今度はクロノから唇を吸われて、シライは堪らずクロノの背中を掻き抱く。
 シライはクロノの舌を吸いながら、クロノの体をベッドに押し倒した。
 クロノはまだ息継ぎが上手くできないらしい。赤らんだ頬が可愛くて、ついさっき大事にすると言ったばかりなのに、無茶苦茶にしてしまいたくなる。シャツのボタンを外す手がもどかしくて、最初に全部脱がせておけばよかったと思った。
 唇と手のひらで触れる、熱を持った肌の瑞々しい弾力。間近に嗅ぐクロノの体臭に愛おしさが募る。全部全部、自分のものにしてしまいたい。この部屋どころか、腕の中からも出したくない。
 シライはクロノが自分の尻を揉んでくるのを――尻?
 シライはぱちぱちと瞬きをした。
「クロノ?」
「うん?」
「なんでおれのケツ触るんだ?」
「嫌だった?」
「嫌ではねぇけど……」
 シライが口ごもると、クロノはシライの尻を揉んでいる手を離した。
 強い意志を感じる瞳が、シライを真っ直ぐに射抜く。
「おれ、待てる。おじさんが安心できるペースでやっていこう」
「……」
 違和感がある。
 シライは次にどうすればいいか分からないらしいクロノを見下ろして、違和感の正体の言語化を試みる。
 キスをするためか、クロノが起き上がろうとするから、自然、シライは体を引いてしまう。逃げないで、とばかりに腰を引き寄せられて、シライはクロノの肩に手をついた。ないことだが、もしバランスを崩せば、クロノの膝に座ることになってしまう。
 シライは白目の主張が強いクロノの目を見ながら、違和感の正体を探った。
「クロノ、おまえ、セックスしたことあるのか?」
「ない」
 ホッとして、次に浮かんだのは「じゃあなんだ?」だ。
「おじさんはあるの?」
「まあ……」
 シライが濁しながら答えると、クロノの瞳の奥が一度だけ揺らいだ。失敗だ。
 シライの後悔をよそに、クロノはすぐに消えてしまった揺らぎを瞬きでならして、シライを見上げながら笑う。いつもの、口だけをぱかりと笑わせる笑みだ。
 バカ正直に答えたのは過失だが、経験があること自体を謝るわけにもいかず、シライはクロノの頭を撫でる。そうしている間にもクロノが腰を抱き寄せてくるものだから、シライは諦めてクロノの膝に座った。
 心臓の音を聞くようにクロノに胸に頬を寄せられて、嘘でもつけば即座に見抜かれそうで、シライは虚偽申告をする気はないながらもどぎまぎする。
「もっと早く言えばよかった」
「言っとくが今のおまえの年齢でギリだぞ。義理がなくとも法は守らなきゃいけねぇ」
「それはおじさんの都合だろ」
「バカ、おまえのだよ」
 上目遣いに見上げられて、シライはすっかりクロノのペースになっていることを悟る。タンクトップの上から心臓の位置に口づけて、改めて胸に耳を寄せてきたクロノの目は、ベッドサイドに置いたコンドームとローションを見ている。
 言語化できていない、けれどもはっきりした違和感の正体が、シライの心臓を跳ねさせている。クロノはそれに気づいていないはずがないのに、柔らかく回した腕を解かないまま、幼い子供がするようにシライの胸に頭をもたせてくる。本当に幼かったときは、そんな仕草をしなかったくせに。
「今日はどこまでしていい? キスはいいんだろ?」
「クロノ、おまえ」
「おれ、早くおじさんを抱きたいよ」

投稿日:2024年9月11日
直前まで自分が抱く側だと思ってる受け、様式美です。