反面教師
「急がなくていいぞ。おれは妊娠しないから」
射精を終え、コンドームの口を押さえるクロノにシライは言った。しぼんだ性器とコンドームの隙間から精液が漏れたとしても、男であるシライの体に起こるのは腹痛程度だ。どうということはない。
シライはクロノともっと繋がっていたいという願望を次への期待として先送りして、クロノが己の中から出ていく感覚を耐えきった。もう一回とねだるにしても、コンドームは新しいものに付け替えなくてはならない。基本には忠実に。でなければ教えるという体裁を保てない。
「下にずらしていくんだ。……そう、上手い」
「いちいち褒めなくていいよ」
「悪いな、急になくせねぇんだ。癖だけに」
「そんな癖ないくせに」
「お、上手いな」
純粋な気持ちで言ったのにクロノに睨まれて、シライは自分が今までクロノをそんなに褒めていなかったことを思い出した。
クロノの運動神経は悪くなかったし、いつも最終的には根気強さでカバーしきったものの、巻戻士としてはお世辞にも筋がいいとは言えなかった。褒めるときは大体「よく投げ出さずに続けた」という意味合いだ。クロノにはトキネの救出という途中で諦められない理由があるから、諦めないことを褒めるのはお門違いと言えなくもない。
「あとは破れてないかを確かめて、口を縛って捨てるだけ。ティッシュの枚数は適当でいい。せっかくだし一枚ずつ試そうぜ」
シライはあらかじめ枕元に持ってきていたティッシュの箱を引き寄せてから、真剣な顔でコンドームの口を結ぶクロノを見守った。淡いピンクのゴムに透けるたっぷりとした白濁を捨てるのが惜しくて、シライはひっそりと生唾を飲む。
「もし破れてたら?」
「めったなことじゃ破れねぇけど、女が相手ならなるべく早く病院へ連れてけ。婦人科な。ほかの避妊方法を併用してるとか、妊娠してもいいとか、個々の事情に合わせて対応しろ。慌てるからヤる前に一回考えとけよ。性感染症が不安なら検査だ。おまえは泌尿器科な」
「おじさんが相手のときは?」
「とりあえずちんこ洗って、様子がおかしければ病院。性病検査の結果がクリーンでも、肛門を使うならゴムは御無用とはいかねぇ。ばっちいからな。指入れるときでも使っとくのがバッチグーだ」
「……おじさんは?」
「おれのことは放置でいい。最悪腹下すだけだ」
シライが手を振ると、クロノは予想通り不満そうな顔をした。シライは肩を竦めた。
◇
「おじさん、汚い。行儀悪い」
「うるへぇ」
クロノのシンプルな罵倒を聞きながら、シライはコンドームから絞り出した精液を口の中に流し入れた。
確かに行儀は悪いが、コンドームに直接口をつけないのは分別があるからだ。シライとしては褒めてほしいくらいだったが、口から離して飲んだって衛生面では大差ないから、クロノが褒めないのは当然でもある。クロノは尻に入れたあとの性器をシライが舐めるのにも嫌な顔をする。コンドームを使うことの安全性は教えたし、コンドームの精液を飲むよりずっと衛生的なはずなのに。
「……苦い」
シライは顔を顰めた。何度飲んでも味に慣れない。精液はクロノの心身を損なうことなく得られる数少ないクロノ由来の物質で、毎回今日こそはと思うが、おいしいと思えたことがない。
「当たり前だろ。おじさんのですら苦いのに」
クロノはまだ口をもごもごしているシライに水の入ったペットボトルを押し付けた。代わりに一層汚い抜け殻と化したコンドームを回収して、ティッシュでぐるぐる巻きにしてゴミ箱へ捨てる。ゴミ箱はポンといい音を立てた。
- 投稿日:2024年6月11日
- 食ザーが好きです。