以下のものが含まれます。
- 合意の上での性行為
- 恋愛感情
- ゴローに男性経験がない。女性経験がある。
- シライに男性経験がある
諦める
「男を抱いたことはあるのか?」
「ない。一通りは調べたが、所詮は付け焼き刃だ。問題や希望があれば言ってくれ」
「了解した」
幹線道路を走りながら、そういう会話をしたときはまだよかった。
不穏な予感は車が住宅街に入ったあたりでピークになり、停まる頃には禅僧のように凪いだ気持ちになっていた。
まさか自宅に招かれると思っていなかった。
ゴローの愛車は趣味性が高いものだったが、同じ車が全く走っていないわけではないし、自宅に案内できるのなら、ホテルに入るところを見られて困る身でもあるまい。明日も朝から仕事だというのに、わざわざ本部を離れた真意が読めなかった。
「あまり帰らないから、行き届かない部分は見逃してくれ」
「んなもん気にしねえよ」
「おれはおまえの私生活を知らない。きれい好きかもしれないだろう」
「別に訪ねてきてくれたって構わねえぜ。掃除しないでおいてやるよ。御覧じろってやつだ、ゴローだけに」
あまり帰らないと言う割に、空き家に特有の淀んだ臭いはしていない。他人の家のよそよそしさがあるだけだ。
シライは置こうと思ったことすらない観葉植物を横目で見てから、ゴローの後ろに続く。
ペンダントライトに照らされたダイニングテーブルは二人掛け。一人暮らしで対面式キッチンというのはあることなのか。
シライはゴローの私生活を探りたくなるのをぐっとこらえ、促されるままソファに腰を下ろした。
ローテーブルの端に積まれた雑誌は、読む時間どころか買いに行く時間すらなさそうなのに、最新号までが揃っている。きっと定期購読なのだろう。電子書籍にすれば処分も楽だろうに、ゴローにはそういうところがある。
雑誌をぱらりとめくっても興味を持てなかった手持ち無沙汰のシライは、キッチンに立つゴローの剥き出しの前腕に目を留めて、すぐに目をそらした。
明確な目的があってゴローの家を訪れたとはいえ、露骨すぎる視線を向けるのはよすべきだ。ゴローとは今後も付き合いがある。
「待たせたな。甘さが足りなければ言ってくれ」
「……わざわざ作ったのか」
「甘い酒の備えがなくてな。あり合わせだ。レモンはいつ冷凍したものか忘れた」
グラスを満たした琥珀に浮かぶレモンスライス。受け取りながら何と言う名前だったかと考えるシライの意を汲んで、ゴローは「オールド・ファッションドもどきだ」と答える。もう片方の手にあるのは、シライが渡されたものよりも濃い色の酒が入ったグラスだ。
「ビターズも入っていない。おまえが苦いものを飲まなくて助かった」
ゴローの重みでソファの座面が揺れる。
ふぅ、と疲れた息を吐いたのを、おっさんだとからかう余裕はシライにはなかった。ゴローが隣に座る機会というのは本部でいくらでもあったが、今日は特別だ。
「飲むならコンビニでも寄りゃよかったな」
「思ったが言わなかった。決心が鈍る」
「……へえ」
今さら意気込んでするようなものじゃないだろうに。
シライは自分が話を持ちかけたときのゴローの顔を思い出しながらグラスを傾けた。
オンザロックよりもずっと飲みやすく、砂糖のおかげで舌に馴染む。ウイスキーの味を語れるほど飲み慣れてはいなかったが、ゴローが好んでいるというだけで加点したくなる。
「……隊長も飲むってことは、帰りは送ってくれねえの?」
「帰る気だったのか?」
「一緒に出勤とはいかねえだろ」
「なぜだ?」
「そりゃあ……」
常識的に考えておかしいだろ、という台詞が口をついて出そうになったが、シライは飲み込んだ。ゴローを納得させる理由としては稚拙すぎる。
シライは時間稼ぎがてらに唇を湿しながら、グラスを受け取るときに見たゴローの喉元を反芻する。
ネクタイ一本、ボタン一つ外すだけで、ここまで男臭さが増すとは思わなかった。カクテルを作るためにまくられた袖もそのままだ。
シライはゴローが本部で上着を脱がないことに感謝して、盗み見たグラスの残量から開始時間を計算した。
◇
ゴローの体格を思えば当然だろうダブルサイズのベッドの上。キスから始めることを手順通りにやらなければ勃たないタイプかと揶揄する気にもなれず、シライは優しすぎる口づけを受け入れる。
同じ酒を飲んだせいか、呼気から酔いは感じられない。それでも、息継ぎの隙間を狙って擦り合わせた粘膜は、アルコールで温められた分だけ熱さがあった。
シライが急かすつもりでゴローの下唇を甘噛みすると、ゴローが纏う空気がひりついた。叱られる直前に感じるものと近いものだ。
「ゴロー隊長」
シライがからかいを込めて名前を呼ぶと、ゴローは今がどういう場面か思い出したのか、無言でシライの腰を抱き寄せた。考えるまでもなく、ゴローから拘束ではない抱擁をされるのは初めてだ。
ゴローの承諾を得たシライは、思うさまゴローの唇をねぶった。舌を差し込み、大口を開ける機会がないせいで見ることのない、ゴローの口の中を探索する。絡め取った舌は、想像していたよりも厚みがあった。
しばらく好きにさせてもらえたところで、仕返しのように舌を吸い返されて、背筋がぞくりと震える。距離が近いせいで互いの顔はろくに見えていない。それでも考えていることが分かるのは、お行儀のいい飲み方に徹した弊害だ。
シライは退路を断つつもりで、ぐっとゴローの胸に体を寄せた。大人しく倒されてくれるゴローの上に乗り上げて、パーカーを脱ぎ捨てる。
脱いだとて、女しか抱いてこなかったゴローの目を引けるような備えはない。胸部の筋肉量はゴローの方がずっと多く、揉み甲斐にしてもそうだろう。
シライはゴローの手を取り自分の胸に導いた。殴られたことが相当数あるシライには、ゴローの手の甲はゴローの体の中で一番触れ慣れた部分だ。普段と変わらないように見えるゴローの眼差しに、煽られるのは性感よりも羞恥心だった。
「触ってくれ」
催促すると、ゴローは愛撫というよりは確かめるようにシライの胸をまさぐった。タンクトップ越しに感じる手のひらは、夢想の中にはない人間の体温を宿している。
演じる必要もなく、シライは自然と上がる体温に息を漏らした。ゴローとセックスをしている。シライはその事実だけで盛り上がれるが、ゴローはきっとそうではない。
「……揉めるように鍛えてデカくしておけばよかった。無念だ、胸だけに」
「使わない筋肉は必要ない」
間の持たなさから滑り出た軽口は、かつてのトレーナーによってすぐさま却下された。
「あったら使えたろ」
「自分の価値を見誤るな」
「じゃあ教えてくれよ、このままでいいって」
仏頂面をしたゴローが、気分を切り替えるためにか溜め息をついた。
ゴローの指が生地の上を滑り、シライの乳首の位置を探り出す。くすぐるようにすりすりと撫でられて、生理反応として芯を持ったところをさらに擦られる。期待に腰が揺れる。自分で触らせておきながらゴローの思い通りの反応をする体が気恥ずかしく、シライは眉を寄せる。
「煽ったくせに随分と可愛らしい反応だな」
ゴローの片頬歪めた笑みを見たシライは言い返そうとしたが、立ち上がった乳首をきゅっと摘まれて、眉間の皺を深めながら息を吐いた。憤りと快感、どちらを逃がそうとしているのか分からない。
「よくこれで触らせる気になったものだ。おまえは弱みを明かすようなことはしないと思っていた」
「ご期待に応えられず残念だ。隊長様は堪え性のない部下じゃ勃たないか?」
尻の下にあるゴローの陰茎はまだ熱を持っていない。シライは尻をゴローの局部に擦り付けて、これが欲しいのだと主張する。ゴローが自分を相手に勃起するかどうか――シライの一番の懸念事項はそこだった。
「さあな、おまえの努力次第だ」
「それなら」
「そう急くな。もう少し待て」
降りて舐める気になったシライが意識を後ろに向けた瞬間、裾から入ってきた手に脇腹を撫でられる。シライはこそばゆさに腹に力を入れた。更にくすぐられて体をよじるが、ほしい刺激はそれではない。
シライが文句を口にする前に、片肘をついて体を起こしたゴローが、もう片方の手でシライの頭を引き寄せる。
キスをされると思って開いた唇の、すれすれの距離でゴローが低く囁く。
「おれよりもおまえの準備が必要だろう」
「……っ」
へその周りを撫でてからへそに指を入れられて、まだ触られてもいない後ろが疼く。
全くの予定外なことにゴローとのキスが気に入っている自分に気付いたシライは、腹立ち紛れにゴローの頭にゴツンと額をぶつけた。避けもないゴローが憎らしかった。
「入るものだな」
「これだけやればおれが処女でも入っただろうよ」
後ろから聞こえたゴローの感嘆に、散々焦らされたシライは恨み節を漏らした。
ゴローは男が初めてなだけで童貞ではない。逐一状況の説明を求めてきたのは、シライの報連相不足への当てつけかと思ったくらいだ。言えばきっと「そう思うなら改めろ」と言われるだろうが。
「ったく、初めて挿れた感想がそれかよ。完走できそうか?」
「現時点ではな。そういうおまえは平気なのか?」
「何一つ問題ねぇ。誰かさんのおかげでな」
シライはそう嘯いたが、問題はあった。
馴染むまでの時間を取ることを煩わしく感じるほどに、体ができあがってしまっている。
まだ入れたきり、ワンストロークもしていない。なのに思考が碌にまとまらない。好きな人とするセックスは気持ちいいというおとぎ話を、噛み砕いて脳に刷り込まれている気分だった。
「……そろそろ動いてくれ。明日に響かせたくない」
「おまえの口からそんな殊勝な言葉を聞くとはな」
「隊長が寝ぼけてたら誰がおれの面倒見るんだよ」
「寝ぼけてなかろうがおまえの仕事だ」
すっかり隙間をなくしていた中からゆっくりと肉竿を引き抜かれ、引きずり出される感覚に浸る間もなく、また押し込まれる。じれったさすら感じるピストンに合わせて、シライは呼吸を整える。
もっと深くまで呑み込める。もっと乱暴なくらいでいい。
シライは足りない快楽の供給を求めて、自分でも腰を動かした。あるじが使う機会が少ないベッドは、ホテルのベッドと同じくらい無機質な匂いがする。バックを選んだのは失敗だった。
「隊長」
シライが呼びかけると、心得た、と言うようにゴローに腰をぐっと掴まれた。それだけのことでぎゅうと締め付けてしまった内側を、ゴローの昂ぶりがこじ開ける。
求めていた摩擦による快感、自分の意のままにならないものに自分の肉体を明け渡す感覚。シライがゴローの陰茎が抜けてしまわないよう気を遣うまでもなく、深く突き刺したまま何度も揺さぶられて、元々そう抑えるつもりのなかった声が漏れる。
「……苦しくないのか」
「へい、き、だ……っ」
シライの言葉の真偽を確かめるように、ゴローの手が前に回った。
「っ、おい!」
陰茎を掴まれてシライは息を呑んだ。
快楽を与えるためではない。シライが勃起しているという事実を確認するために、ゴローの手が無遠慮に陰茎を根元から上に向かってしごく。緊張によって収縮した内壁でゴローの輪郭を明瞭に感じ取り、シライの快楽中枢は一層刺激された。さざなみのように広がる快楽を逃がす先を知らせるように、ゴローの親指がシライの亀頭をくるりと撫でる。
「うぅ……っ」
「なるほど、本当らしいな」
その一度だけで、ゴローはぱっとシライのものを手放した。
得られかけて取り上げられた空虚さを埋めきれずに戸惑うシライを置いて、ゴローは抜けてしまう寸前まで自身の陰茎を引き抜いていく。長さの分だけ続く刺激と喪失感。慰めるようにゴローに下腹を撫でられる。そこじゃない、とシライは奥歯を噛んだ。
「確か、このあたりだったか」
「……ッ」
浅いところでゆるく抜き差しされて、正解だと言う余裕もなく、シライの指先は皺一つなく張られているせいで握れないシーツの上を滑った。体温で緩んだローションが太ももを垂れ落ちて、その感覚すらも背筋をざわつかせる。陰茎は与えられるはずだった刺激を求めてそそり立っていた。
「シライ?」
「……あっ、てる……っ」
「そうか」
勃起してるくせに、何でそんなに余裕なんだよ。
前立腺を執拗に責められて、シライは堪らず額をシーツに擦り付けた。相変わらず洗いたての匂いしかしない。自分の髪からは汗のにおいがする。
逃れたい気持ちになりながらも腰を高く上げ続ける理由が、自分から誘った意地なのか、快楽を得るためなのか分からない。姿勢を保てなければゴローに叱られるという妄想は、妄想でありながらも現実味を帯びて甘美だった。
「も、無理だ」
シライが自分の股間に手を伸ばしたところで、背中から伸し掛かったゴローはシライの腕を捕らえてベッドに押し付けた。
今まで部分的にしか感じなかったゴローの体温を背中に感じて、体臭を嗅いで、シライは性感とは別の満足感がぶわりと膨らむのを感じた。同時に、入り口に留まっていた快感を腹奥まで押し上げるように、ゴローの陰茎がずるりと奥まで入り込む。
「たい、ちょ……っ」
なんてことはない。格闘訓練をするときの比ではない、緩い拘束だ。抜けようと思えば簡単に抜けられる。
シライは首を横に向けて、自分の手首を押さえるゴローの手を視認する。体感の通り力も入っていない。置いているだけだ。前戯で散々焦らしてきた太い指。今さっきもシライの欲の中心に触れていた。
「後ろだけでイけると言っただろう。せっかくだ、見せてもらおうか」
頭上から降ってくる声に耳の裏が熱くなる。なおも小刻みに繰り出されるピストンに、シライは呻くように承諾した。一突きされるごとに、逃げる気力が失われていく。
「おれにできることはあるか?」
「っ……そのままっ……奥っ、突いててくれ……ッ!」
「そんなことでいいのか」
笑いを含んだ声。侮られている。屈辱と感じるはずが、シライの頭はそれすらも快感に変換している。ゴローだから構わないのだとは流石に認めたくなくて、シライは少しでも報復するべくゴローの股間に向けて尻を擦り寄せた。
シライは後ろをえぐるゴローの陰茎に集中した。呼吸を合わせられたところで、手首から移動したゴローの手に手を握られて、驚愕に目を見開く。今さらやらなくていいことだ。これではまるで――。
「隊長……なにして……」
「気にするな」
指の股を擦るように滑り込んでくるゴローの指。慣らせる後ろと違って窮屈なまま、ぎゅっと握られる。尻肉を押しつぶすように下生えを押し付けられて、シライは迫ってくる波に身を委ねるために強く目を閉じた。
◇
「あれで朝飯がつかないのは嘘だろ」
「行き届かないところは見逃せと言ったはずだ」
ゴローの家には酒と水、それにプロテイン以外の蓄えがまるでないらしい。
シライは半分に減るまでずっと手にしていたハンバーガーをトレーに置いて、コーラに口をつけた。
寝ている間に洗われたパーカーは、厚手だというのにしっかり乾いている。気持ちよく寝ているところを起こされたシライとしては、本部に戻ってから着替える時間がいらないなら、もう少し寝られたのにと思わないでもない。
とはいえ、自分の身支度を整えてから起こしたあたり、ゴローも待ったつもりなのだろう。畳んだ服にバスタオルを載せたものを持たされて、風呂場に連行されるとき、甲斐甲斐しさに笑ってしまいそうになった。
今頃ゴローの家ではシーツとバスタオルがぐるぐると回っているのだ。めったに使われないくせに連続稼働させられて、洗濯機はさぞ驚いていることだろう。
シライはポテトを口に運びながら、きっちりとネクタイが締められたゴローの首元を見る。
ゴローの自宅だっただけあって昨日と違うネクタイをしているものの、何の変哲もないプレーンノットだ。ホットコーヒーの入ったカップを持つ手を見ても、窓から注ぐ日差しのせいか妙な気は起きない。
それでもどうせまたしたくなるんだろう。
性懲りもなく、とゴローに叱られる自分の性質を思い出して、シライは溜め息をついた。
- 投稿日:2024年8月4日
- セックス回避が続いたので一回くらい本番をやろうと思い書きました。細かい事情は私も知りません。ゴローの家に行くというのを思いついた日はまだここまで暑くなかったので、作るお酒はホットウイスキートディでした。